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XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】03.戦後のショービジネス

 XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】03.戦後のショービジネス


*1947.1.15/ 新宿帝都座5階劇場で、初の額縁ヌードショーが開演される。

 東京新宿の帝都座で日本初のヌードショーが上演された。舞台上に設けられた額縁の中で、裸体の女性が数十秒間ポーズをとるだけだったが、 これまで禁じられていたヌードということで多くの観客が殺到した。「名画ショー」と称して、秦西名画の「ヴィーナスの誕生」などに見立てた構図でポーズをとった。やがて、浅草の常盤座などで本格的なストリップが上演されるようになり、全国に広がっていった。


*1947.8.1/ 新宿・帝都座で初演された空気座による「肉体の門」の大ヒットは、その後の演劇に大きな影響を与えた。

 戦後のパンパン(米兵などを相手にした娼婦はこう呼ばれた)風俗を描いた田村泰次郎作の小説「肉体の門」は、大きな話題を呼び、帝都座で新宿空気座によって初演されると、やがて1,000回を超えるロングランとなった。「肉体の解放こそ人間の解放である」というテーマが受け入れられたのかどうか、その後何度も映画化やドラマ化された。

 私も中学生のころ、納屋に転がっていた本を見つけて盗み読みした覚えがある。戦後すぐの粗悪な紙で製本されており、しかも旧字体旧仮名遣いでの印刷だったが、一向に苦にならなかった。


*1947.9.-/ 笠置シズ子が梅田劇場で「東京ブギウギ」を歌い、爆発的なブギ人気が起こる。

 笠置シヅ子は戦前から活躍していたが、当時の軍国主義下でステージは様々な制限を受けた。しかし戦後になると、歌って踊れるスターとして一躍ブームとなり、「ブギの女王」として一世を風靡した。服部良一作曲による「東京ブギウギ」が大ヒットすると、次々と「大阪ブギウギ」「買物ブギ」などのブギものをヒットさせて、「ブギの女王」と呼ばれた。

 のちに天才少女歌手と呼ばれる美空ひばりも、笠置シヅ子の物真似でデビューしたほどで、ひばりが登場するまではスーパースターとして芸能界に君臨した。私が子供のころテレビで観た笠置シズ子は、すでに歌を封印しており、大阪弁を話す不細工なおばさんとして、ドラマのわき役で登場する程度であった。

https://www.youtube.com/watch?v=9FCmuZXLt9g