XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】07.少年雑誌と漫画の世界
1955年にGDPが戦前水準を越えると、翌年の経済白書で「もはや戦後ではない」と宣言した。60年安保が終わり池田内閣が始まると、所得倍増計画を発表し、政治から経済の季節へと移った。以降、10年以上に渡った高度経済成長期には、生活水準の飛躍的向上に伴い、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの「三種の神器」が普及し、大量消費社会が到来した。
*1947.1.15/ 新宿帝都座5階劇場で、初の額縁ヌードショーが開演される。
東京新宿の帝都座で日本初のヌードショーが上演された。舞台上に設けられた額縁の中で、裸体の女性が数十秒間ポーズをとるだけだったが、 これまで禁じられていたヌードということで多くの観客が殺到した。「名画ショー」と称して、秦西名画の「ヴィーナスの誕生」などに見立てた構図でポーズをとった。やがて、浅草の常盤座などで本格的なストリップが上演されるようになり、全国に広がっていった。*1947.8.1/ 新宿・帝都座で初演された空気座による「肉体の門」の大ヒットは、その後の演劇に大きな影響を与えた。
戦後のパンパン(米兵などを相手にした娼婦はこう呼ばれた)風俗を描いた田村泰次郎作の小説「肉体の門」は、大きな話題を呼び、帝都座で新宿空気座によって初演されると、やがて1,000回を超えるロングランとなった。「肉体の解放こそ人間の解放である」というテーマが受け入れられたのかどうか、その後何度も映画化やドラマ化された。 私も中学生のころ、納屋に転がっていた本を見つけて盗み読みした覚えがある。戦後すぐの粗悪な紙で製本されており、しかも旧字体旧仮名遣いでの印刷だったが、一向に苦にならなかった。
映画作品としては、1964年の鈴木清順による作品を観た。野川由美子や松尾嘉代がパンパン仲間として出演し、過激な役柄を演じた。なかでも、パンパングループが一頭の生きた牛を盗んできて、みんなでさばいて食べるシーンは壮絶に印象に残っている。
*1947.9.-/ 笠置シズ子が梅田劇場で「東京ブギウギ」を歌い、爆発的なブギ人気が起こる。