XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】04.戦後唯一の娯楽としての映画ブーム
戦後の日本における映画ブーム(いわゆる「映画の黄金時代」または第二の黄金期)は、主に1945年の敗戦後から1960年代初頭にかけて起こった現象です。特に1950年代後半がピークで、当時の国民にとって映画は圧倒的な大衆娯楽の王様でした。映画ブームの規模(数字で見るピーク)1958年(昭和33年):日本全体の映画館入場者数(観客動員数)が約11億2,745万人に達し、これが戦後最大の記録。当時の日本人口が約9,000万人程度 → 国民1人あたり平均約12回/年映画館に通っていた計算(赤ちゃんや高齢者含む)。
実質的に映画を見られる年齢層だと、月1回以上は映画館に足を運ぶ人が非常に多かった。
製作本数も急増し、1960年には邦画だけで547本(史上最多)を記録。
主要6大映画会社(松竹・東宝・大映・新東宝・日活・東映)が量産体制を敷き、二本立て上映が全国で定着。
この時期は「どんな作品でも客が入る」と言われるほどで、映画会社は「産めよ増やせよ」の大量生産時代でした。なぜ戦後すぐにこんなブームが起きたのか?戦後の精神的空白と娯楽需要の爆発
敗戦・焼け野原・食糧難・混乱の中で、映画は「嫌な現実を忘れられる」数少ない娯楽だった。
GHQ占領下の初期(1945〜1952年頃) 最初は『そよかぜ』(1945)+主題歌『リンゴの唄』が大ヒットし、復興のシンボルに。
時代劇は一時禁止されたが、1952年のサンフランシスコ講和条約で独立回復 → 時代劇が解禁され大ブームに。
1950年代の国際的評価と国内多様化 黒澤明『羅生門』(1951・ヴェネチアGP)、『七人の侍』(1954)
溝口健二『雨月物語』『山椒大夫』
衣笠貞之助『地獄門』(1954・カンヌGP)
→ 日本映画が世界的に注目され、自信回復。
国内ではメロドラマ(『君の名は』1953)、怪獣映画(『ゴジラ』1954)、時代劇、青春映画、社会派ドラマなどジャンルが多様化。
メディアミックスと社会現象
『君の名は』はラジオ→映画→主題歌→真知子巻きファッションと、社会現象を巻き起こした代表例。
代表的なヒット作(1950年代中心)『君の名は』(1953) — 戦後最大級のメロドラマブーム
『七人の侍』(1954)
『ゴジラ』(1954)
『宮本武蔵』シリーズ、東映任侠映画の原型
『忠臣蔵』各種バージョン
『明治天皇と日露大戦争』(1957-58) — 超大作で記録的ヒット
なぜブームが終わったのか?1953年にテレビ放送開始 → 1959年の皇太子御成婚、1964年東京オリンピックでテレビが急激に普及。
1960年代半ばには映画観客数がピークの1/3以下に激減し、映画産業は斜陽化へ移行しました。戦後復興期の日本人の「生きるエネルギー」と「現実逃避の欲求」が、映画というメディアに一気に集中した、まさに「時代そのもの」を映したブームだったと言えます。
今見ても『羅生門』『東京物語』『七人の侍』などは世界的に評価が高い名作揃いですね。
詳細
戦後にヒットした洋画は?
戦後の日本(主に1950年代~1960年代初頭)で大ヒットした洋画(外国映画)は、邦画が圧倒的に強かった時代ですが、それでもいくつかの超大作や名作が記録的な興行収入を叩き出しました。特にハリウッドのスペクタクル大作やミュージカル、ディズニーアニメが人気を集めました。当時は配給収入(興行収入の前身指標)でランキングされ、邦画が上位を独占する年が多かった中、洋画は3位~10位以内に食い込む形でヒットしていました。ピークの1958年頃でも洋画のシェアは全体の約24%程度でした。戦後日本で特に大ヒットした洋画の代表例(1950年代中心)『風と共に去りぬ』(Gone with the Wind, 1939/日本公開1947年・再上映複数回)
戦後すぐの1947年に大ヒットし、1950年代にも再上映で記録的動員。配給収入で数億円規模の超ロングラン。戦後の混乱期に「壮大な恋愛叙事詩」として女性を中心に爆発的人気でした。
『ベン・ハー』(Ben-Hur, 1959)
チャールトン・ヘストン主演の超大作。11部門アカデミー賞受賞。日本では1960年公開で、当時の洋画史上最高レベルの興行収入を記録(配給収入で数億円超)。戦車レースシーンが圧倒的で、映画館が満員御礼の社会現象に。ebay.com
(上の写真は当時の日本公開時のチケット・パンフレット・ポスター。黄色基調の派手なデザインが特徴的です)
『ローマの休日』(Roman Holiday, 1953)
オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペック主演。1954年日本公開で大ヒット。ロマンティックコメディの金字塔として、女性ファンが殺到。ヘップバーンのショートヘアが「オードリーカット」として流行。
『シェーン』(Shane, 1953)
アラン・ラッド主演の西部劇。1953-54年頃に日本で大ヒット。西部劇ブームの火付け役の一つ。
『地上最大のショウ』(The Greatest Show on Earth, 1952)
セシル・B・デミル監督のサーカス大作。1953年日本公開で興行収入上位(『君の名は』に次ぐレベル)。
『白雪姫』(Snow White and the Seven Dwarfs, 1937/日本公開1950年頃再上映)
ディズニーアニメの先駆け。戦後すぐから子供から大人まで大ヒット。1950年代も再上映で健闘。
『砂漠は生きている』(The Living Desert, 1953)
1955年頃に日本で異例の大ヒット。ディズニーの自然ドキュメンタリーで、2位にランクインする年も。
『ジャイアンツ』(Giant, 1956)
ジェームズ・ディーン、エリザベス・テイラー主演。1957年頃日本公開で上位ランクイン。ディーンの遺作として話題に。
1960年代に入ると…テレビ普及で映画全体が苦戦する中、洋画も徐々に勢いを増し始めますが、戦後ブーム期のピークは1950年代です。
代表的なものは:
『ティファニーで朝食を』(1961) — オードリー・ヘップバーン再び大ヒット。
『サウンド・オブ・ミュージック』(1965) — ミュージカルとして記録的ロングラン。
戦後すぐはGHQの影響でハリウッド映画が大量流入し、邦画が追いつくまでの「洋画黄金期」でもありましたが、1950年代中盤以降は邦画が完全に逆転。洋画は「スペクタクル大作」や「ロマンス・ミュージカル」で勝負していました。






























