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Ⅻ【現代伝説考】Ⅵ.美女と湖水04「水と妖怪」

Ⅵ.美女と湖水04「水と妖怪」


 今回の蒐集では、本格的な妖怪の話題は予想以上にすくなかった。その理由のひとつには、先にのべたように現代人の生活環境には妖怪が棲みづらくなっていることが考えられる。水に関連してでてきた妖怪は、水辺に棲む妖怪の代表である「河童」の話が三題、それと「蛇」が二題程度である。いずれも、躯がぬめぬめした爬虫類・両生類のたぐいである。

<河童>

『千鳥が淵のカッパ』
《 大堰川(おおいがわ:上流は保津川、下流は桂川と呼ぶ)の、この渡月橋の少し上には「千鳥が淵」と呼ばれる深みがあります。ここは水死者がよく出るので有名で、「河童が足を引っ張る」と言われていました。複雑な水流で、痙攣や心臓マヒを起こしやすいというのが実態でしょうか。もちろん、遊泳禁止になっています。
 酔っぱらいさんが「千鳥足」で飛び込んで水死したから「千鳥が淵」と言う、てのは小生がガキのとき勝手に思い込んでいたデマです(笑)。以上ガキの頃の記憶ですから、少なくとも30年ちかく昔になります。》

 「河童の川流れ」というぐらいだから、おもな棲息域は「流れる水」のある川であろうが特定はしがたい。いずれにしろ河童と海とはなじみにくいので、河川や湖沼といった陸水の周辺が中心であろうかとおもわれる。

 この話題にもあるように、河童の恐怖には水死事故の不安が下敷きになっているであろう。人間が泳ぐ姿勢を考えてみると、意識の中核である頭は水面上に出て、その肉体のほとんどは水中に沈む。いわば、水面という「境界」によって身体がが二つにひきさ裂かれた異常な状況におかれるのである。しかも普段はその足をささえているはずの地面が、いまは無い。足元はまったく無防備な状態であり、そこに足を引き込む河童の不安が頭をよぎってくる。

 水中での不安は陸上での脅威とは異質である。『ジョーズ』という映画があったが、海中で鮫に襲われる恐怖には地上で猛獣に襲われるのとは異なる種類の怖さをはらんでいる。水中では手足はすべて泳ぐことについやされ、その肉体はまったくの無防備にさらされている。しかも、自分の目にはみえない足元から恐怖はやってくるのである。映画では、そのような恐怖感を巧妙に描きだしていたようにおもえた。

『屋号の「河童屋」』
《 幼い頃まで、わが家は「河童家」と呼ばれていました。周囲の大人に何度かその理由を尋ねましたが、まともに答えられるものはおりませんでした。ご隠居様のご指摘の通り、今でこそわが家は高台にありますが、父が生まれる前は川のごく近くにあったようです。川幅もそこそこ広く、付近には「沼」のつく地名もあり、ところどころよどんだところもあったのでしょう。
 現在では治水事業によって水量も知れたものですが、昔はかなりの暴れ川であったということです。「先祖が泳ぎが達者だった」というのがおそらくこの屋号の謂れではないかと思うのです(わたしはカナヅチですが)。ちなみに、わたしの本名も河童っぽいんですよ。》

 頭のいただきにあるお皿が乾くとへばってしまうという滑稽な河童であるが、意外な凶暴性もみられる。子供や牛馬を川の中に引きずり込み、その尻の穴から内臓をひきだし食べてしまう習性もあるそうだ。農民にとって普段はめぐみの水をもたらす川も、一変すると凶暴な「暴れ川」の容貌をあらわす。そのような「流れる水」の凶暴さが、水の精でもある河童に託されたとしても不思議はないであろう。

『浄水槽のカッパ』
《 当時小学生だった主人に、今日聞いた20年前の夕張の浄水槽?の話。
 夕張市役所前の通りをまっすぐ行った、そんなさびれてもいず、民家も近くにある場所だったそうですが、コンクリの雪除けで覆われた浄水槽?があったそうです。半地下で、階段を降りると薄暗い中に4つほどにしきられたプールが広がっている。そこでやんちゃに泳いだりしたそうですが、かなり薄気味悪い場所で、泳ぐとカッパに足をつかまれる、という話があったそうです。
 シリコダマも抜かれるの?と聞いたら、そういう話はなかった、じゃ、カッパじゃないのかな?だそうです。》

 これも、水中に引き込まれる恐怖の話題である。かつての川や池は手軽な遊泳の場所でもあったろう。しかし現在ではその多くが危険な遊泳禁止地区とされたり、また泳ぐのには適さないほど汚染されたりしてしまっている。となれば河童の出没する機会もとぼしくなってしまうのは、むべなるかなである。かくして、河童はこのような浄水槽などにひっそりと潜むことになるのだろうか。

 川もないのに、河童はどこからやってくるのだろうか。「半地下の薄暗い浄水槽」というところから、あの「地下の水」との通路でもあるのかとも想像される。

< 蛇 >

『牛若丸産湯の井戸』
《 小生の生まれ育った町内に「牛若丸産湯の井戸」てのが在りました。平安朝の若女房達が牛車でハイキング?!に出かけるてな話しも今昔物語かなんかにあったようなので、おそらく当時は郊外の野っ原かなんかだったと思います。牛若(源義経)が当地で生まれたのだから、父義朝が別荘かなんかをこさえて、お妾さん(常盤御前かにゃ?)を囲っていたんでしょう。
 今は、井戸そのものは無く石碑が建っています。大正か昭和の始めにそのあたりが造成されその時石碑が建てられたようで、「牛若丸の誕生の折の産湯の水を汲んだ井戸があったという言い伝えがあるのでこの石碑を建てる、うんたらすーたら」とか書いてあったはずです。お役所が、ろくに詳しく調べもしないで建てたらしく、けっこう無責任な文章だったと記憶してます。
 「話し」自体は他愛もないものです。
 その石碑の裏には「白蛇様」が住んでいる。ヒト気のない時そこを通ると、時々、石碑の前で「白蛇様」がトグロを巻いていらしゃる。パンポンと柏手たたいてぐるりと一回りすると、もうその瞬間にお隠れになる。それだけです(^^;。》

 蛇は、さまざまに表象される。この「白蛇様」のように神性にまつりあげられるかとおもえば、邪悪の象徴にもなされる。人間にとって、蛇とはまさにあやしげな多義性をもった存在であろう。そのあやしさは蛇の神出鬼没性からもくるのであろうが、なによりもその足のない体型の異形性にもとづいているかとおもわれる。

 軟体動物のような下等なものをのぞいて、おおかたの動物の身体は頭・胴・足などに区分できる。そしてその区分から、ひとはその動物のあらかたの行動特性を推定することになるだろう。ところが手足のまったくない蛇からは、その特性をリアルに思い描きがたい。そのようなところから、蛇に対するさまざまな想念がわきあがってくるのではなかろうか。

 「試着室ダルマ」では、若い女性手足をもがれて蛇のように異形になる。そしてそれは、恐怖の変身のものがたりであった。「深泥池古伝説」では、池のぬしの大蛇が美女に変身するロマンでもあった。蛇とは、その固定した姿を定めがたい変成のありさまを表象している。そしてわれわれ現代人の自意識も、蛇のようにうねうねと正体を定めがたい多義性をはらんでしまっているかのようにおもわれる。

『池の水を飲みに来る大蛇』
《 今から5年ぐらい前,湖岸道路を15分ぐらいいった所にある,なんとか山の池の改修工事をしたときは,元請けと地元の人で,その池に水をのみにくる大蛇のお払いを,工事前にした。(一緒に聞いた人の補足によると,荒神山らしい)》

 池の水をのみにくる大蛇は、村のの娘たちを呑みこむ妖怪であるかもしれないし、大切な水を全部飲んでしまう怪物かもしれない。村の人たちにとっては、お払いをし鎮めるべき対象であろう。しかしこの水をのみにくる大蛇に、現代伝説「タクシーできて消える女性客」の幽霊を重ねあわせてみると、また別の様相が浮かびあがってくる。水をもとめて都会をさまよい、わずかな痕跡のみを残してはかなく消えてゆく現代人の姿をもものがたっているかも知れないの である。

<ペットボトルと現代伝説>

『ペットボトル』
《 P.S.「ペットボトル」とか言うのが流行ってるそうですが、当方(京都府南部地域)でも数週間前から目だつようになりました。みなさんの地域では如何ですか? ワンちゃんのおしっこぐらい、好きなようにさせてあげたらと思うんだけんど。
 ちなみに、1本だけ黄色い水の入ったボトルを見つけました。たぶん、酔っぱらいさんがおしっこを入れたのではないでしょうか(^^)。》

 この一片の追伸に端を発して、なんと30通ちかくの関連投稿がよせられた。蒐集実施時期(1994/9月-12月)には噂の最盛期で、単なる噂というより一種の社会現象の観を呈していた。やがて、家の脇に置いたペットボトルからボヤが発生する事件などがあって収束にむかったようである。

 ペットボトルとは素材を示す「P.E.T.ボトル」の意で本来愛玩動物のペットとは無関係らしいが、なぜかペットの糞尿よけ対策として家の脇に置かれるようになった。ジュースなどの入った1.8リットル程度のプラスチック容器で、どこの家庭でもでる廃棄物に水を入れるだけということで、見よう見まねで普及していったようである。

 このペットボトルの水も、やはり水道水からとった「人工の水」ではある。そして、量はわずかではあれ「淀む水」でもあろう。一方、家の前に糞尿をしていく犬や猫のペットは、迷惑をこうむる主婦などにとっては悪さをするある種の「妖怪」であるのかもしれない。ということで、このペットボトルの話題を無理矢理に「水と妖怪」の項に配列してしまおう。

 街角にペットショップの看板が目につくようになって久しい。スーパーの棚にはペットフードが山積みにされ、各家庭ではさまざまなペットが飼われている。かつては野放しがおおかった愛玩動物も、小型犬や猫などは部屋の中で生活をさせるのが普通になっている。自分の愛玩する動物は家族と同様にあつかう一方で、糞尿などのささいな迷惑をかける他人のペットは毛嫌いにする現代人の心性にはどのようなものが潜んでいるのであろうか。

 かつての村落共同体のような社会では、自分たちの生活世界とその外の区分は比較的明瞭であった。外の世界との境界も、当時の人々の意識のうちではそれなりの明示性をもっていたであろうと想像される。ところが現代では、そのような内と外の境界性ははなはだ不鮮明になり、あきらかな「内」は家庭であり自室であり、そして自己の内面世界程度にかぎられてしまっている。

 そして最後の牙城である「内」をまもるには、ドアをつけ鍵をかけてしまうほかないだろう。そういう意味では、家のそばの電柱にオシッコをかけるにくる犬猫は歓迎されざる闖入者であり、門柱のかたわらに置かれた何本ものペットボトルは「結界」の意味も託されているのであろうか。

 かつて「淀む水」に生活した村落共同体の人々は、「流れる水」と「地下の水」に自覚的であった。上流から流れてくる水と地下から湧きでてくる水は恵みの水であっただろうが、それらの水を完全にはコントロールできないものとして、その「境界」には畏れと祈りがあった。しかし現代人は、その地下の上層部にはり巡らされた「人工の水」には無頓着である。水道栓をひねれば必要な水は出てくるし、排水は流せばどこかでだれかが処理してくれる。かくして「水」の体系のもつ意味を忘れさってしまった。

 もちろんここでは、生活の必需品としての物理的な水だけをさしているのではない。水に込められた世界観としての「水」の意味である。かつて水が表象していた世界像は、われわれの意識から消えさってしまった。そしてわれわれの意識世界も、ペットボトルのような容器に詰めこまないかぎり形をもたない、ただの液体のような存在になってしまっているのではないだろうか。

 ペットボトルに詰められた「人工の水」は、そのままほうっておけば腐敗して汚濁するだけである。われわれの内面世界も、部屋に閉じこめられた愛玩動物やそれを模した縫いぐるみと同じく、まわりを囲いこんでいるばかりでは閉塞してしまうであろう。狂気を排除してクリアカットになったはずの近代理性も、現代では、ペットボトルに詰められた「人工の水」のように腐敗発酵をはじめているかのようにおもわれる。

 もちろん、いまさら過去にもどるわけにはいかない。もはや過去の伝説の輪郭をそのままなぞるのは不毛であろう。むしろ、過去の人々がその伝説にこめた意味と現代伝説との交錯するところに、現代のあらたな「水」の意味が浮かび上がってくるのかもしれない。現代の噂は、過去の民話・伝説のような鮮明な類型構造は示さない。それぞれが、かぎりなく断片的でばらばらに存在している。それは、あたかもわれわれの生活世界が断片化し散文化しているのを反映しているかのようである。

 そのような現代伝説から、かつての伝説と同じように類型構造を読みとろうとするのは不毛な迷路におちいるおそれがある。むしろ、それぞれの噂をテクストの断片として見て、それぞれの噂のあいだから浮かび上がってくる流動的な関係構造をながめてみるほかはないかとおもわれる。古典的な形態をとっているような伝説もまた、そのような読み方のなかで「現代伝説」としての姿をあらわしてくるであろう。もちろんそれは、水族館の巨大な水槽の中を泳ぎまわる魚の流れから、ある種のリズムをつむぎだそうとするような困難な作業ではあるにちがいない。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅵ.美女と湖水03「水と霊・祟り」

Ⅵ.美女と湖水03「水と霊・祟り」

<水の特異空間>

『教会の井戸』
《 京都ハリストス正教会の話
 これは小生自身が直接取材した話なのですが、京都御所の南側、町中の一等地に京都ハリストス正教会があるのですが、なぜこんな良い場所にあるのか教会守のご婦人にお聞きしたところ、この場所はさる方の屋敷だったのだが、井戸の位置が悪いとかで不幸が続き、安く買い受けたのだとか。そんな理由で一等地が手に入るのかと、感心しました。今でも教会敷地の奥にその井戸がありますが、クリスチャンには全く関係ないことだということでした。》

 この井戸にはなんらかの因縁話でもあるのだろうが、この投稿文だけからはわからない。ここでは「井戸」一般のもつ意味を検討してみよう。井戸は、もちろん地下水を汲みあげる装置である。いままでおもにでてきた池や川は地表面の水であった。「流れる水/淀む水」の世界観を完成するには、「地下の水」をも考えてみなければならない。ここでも、その筋氏の考察を援用させていただく。結論部だけの引用である。

『地下にある水』
《(前略) つまりは,はっきりとは見えないが,地下のいたる所に水があり,それを随意に取りだしたり,防いだりすることは,大変な技術であるということではないでしょうか。
 また,お水取りと言う,奈良県で行なわれる行事に使う水は,敦賀で取られるという話をきいたことがありますが,なんでも水脈がつながっているということだったように記憶しています。(記憶ちがいかも知れません)
 九頭竜湖に,白山の山の神が姿を表したと言う,泰澄にまつわる伝説がありますが,これなども神の行く道として白山と福井県の九頭竜湖が水脈がつながっているということを表しているのでしょう。

 私の地域にある神社の縁起を読みますと,多くが行基を開祖とし,仏頭が,山頂などの湖の水中から出てきたので,それを本尊に仕立てなおしたという伝説をもっています。
 ここでは,水は地理的な空間を超えて伝わるものとされているのだといっていいでしょう。現在でも,近くにある<河内の風穴>の水は,三重県や岐阜県につながっているという説が行なわれています。TVで調査したこともあるのですが,真偽は定かではありません。
 地下にもぐった水は,私たちの目からはその行方を知ることができず,意外なところに姿を表しますが,その場合,ちょうど,ベクトルのように,始点と,終点だけが問題とされるのだといえるでしょう。その地下水脈は,丁度ドラエモンの,潜水鑑が,水のあるところなら何処へでも(しずかちゃんのお風呂場は定番であるとして)通えるように,私たちの想像力を連れていく,秘密の通路となっているのでしょう。

 そのような水脈をコントロールできる人々は,例えば,私たちが<金○氏>を,<ようかい>という呼び方でよぶように,魔術師の仲間になるのでしょう。
 <地下にもぐる>とき,そのものは,地上の世界で自分を表していた特性(名前,身分,形)などを失い,個々の存在として分離されない状態=水になるのだといえるかもしれません。とすれば,<みそぎ>というのは,本来川に入るだけでなく,その中にもぐることで,いったん自分のもっていた,多くは負の特性を失わせることであるのでしょう。
 <地上に出た水>は,そのきっかけとして,<大師>さんが杖をついて発見したとされる<泉>=湧き水がまずあります。これは,どんな日照りの時も枯れないとか,体に良いとかの効用があります。聖なるものとして祝福された,あるいは,地下にあったときの<悪>の部分をそぎおとした<水>といえるでしょう。

 しかし,例えば,<金気>をふくんでいる水は,飲み水には使えないし,そのまま田に流すこともできないでしょうから,雑用にしか使えないということになります。名水といわれるものが,取りざたされるということは,それだけそのままでは,飲めない水が多かったということを表しているのではないでしょうか。
 そういえば,足尾銅山や,神通川の鉱毒問題が,古くには,土地の風土病として処理されていただろう事も,思い当ることです。まさに,<水があわない>ことは,危険なことだったのだろうと思います。
 それらが溜まってできた<沼>,や<池>に,<地下世界>に通じる出入口を想定するのは自然なことのように思います。そこに,<主>が住み着いたのでしょうか。》

 われわれの目にふれる地表面の「流れる水/淀む水」は、地下の闇部にある「地下水」で四方八方につながっている。こう考えてはじめて「水の世界観」は完成する。となれば地表に水が噴き出したり地下に水がもぐりこむ場所は、重要な意味をもつ「境界」ととらえることができる。さきの「井戸」も、そのような意味づけをもたされているのであろう。そこに、霊や祟りがあっても当然のことになる。

 一方で、この存在構造はわれわれの「意識世界」と対応させて考えるみることもできる。われわれの自覚的な表層の意識にたいして、フロイトが発見した「深層意識(無意識)」を「地下水脈」に対応させてみよう。われわれの個別の意識はばらばらであるが、その深層では複雑な水脈でひとつにつながっている。そして、その「境界」にあたる場所で「水」が噴き出してくる。

 「噂」とは、そのような「境界」で発生してくる。となれば噂を分析することは、われわれの意識の深層をさぐることにもなる。「流れる水/淀む水」と「地下にある水」との接点から、その深層をかいまみることも可能であろう。

 その筋氏の説にそうと、農村のようなかつての集落は「淀む水」のある場所に形成された。そして、そのような村落でたくさんの民話も発酵した。近代になってから蒐集された民話の多くも、そういった村落共同体を母胎とするものであろう。そうしたリジッドな母胎をもつ民間伝承は、比較的同定しやすいだろうし考察の対象にもなりやすい。

 他方で、われわれが俎上にあげようとしている「現代伝説」とは、きわめて不定形な母胎しかもたない。「都市伝説」と呼んでみたところで、都市住民の総体から「都市の常民」といったものが抽象ができるわけでもないだろう。畢竟あやうい作業にならざるをえない。

 視線を転じて、現代都市における「水」をながめてみよう。現代の都市の多くは平野部に展開する。ここでは「流れる水/淀む水」という、自然界の水の概念は適用しづらい。むしろ都市という言葉から連想される「人工」に目をつけてみれば、われわれ都市住民のまわりには無数の「人工の水」のネットワークがある。下水道しかり、上水道しかり。このような人工の水が、蜘蛛の巣のようにはり巡らされているはずである。

 これらの水は「流れる水」であり、しかもほとんどが地中に埋められている「地下の水」でもある。そして、その上でわれわれの都市生活がいとなまれている。巨大な水槽のような都市空間で、あてどもなく泳ぎつづける現代人たち。その生活空間は、地下にはり巡らされた人工の管で維持されている。すべてが人工の水で構築された世界で、かつての人々が恐れおののいた自然の脅威とは、あたかも無縁である「かのように」生活できる。このような現代都市空間は、それ自体がひとつの「特異空間」ではなかろうか。

 冒頭の「教会の井戸」の因縁話は、礼拝におとずれる人々にとってはもはや関心をよばない。かつて「地下の水」との接点であった井戸は、すでに水道で生活する人々にとっては無縁の存在である。古井戸は、すでに「境界」としての意味を失っているのであろう。

<過去の水・現代の水>

『七里ヶ浜の落武者』
《 小生が小学生の頃、本で読んだ話なのですが、鎌倉の七里ヶ浜で海水浴中の学生たちが次々と溺れ死ぬ事故があって、助かった学生の話として、沢山のほつれ髪の落武者たちが足を引きずり込んだという話が出ていました。以来、小生は海水浴が怖くて怖くて、戦いのあった海での海水浴は一切していません。》

 この話題には二つの伝説が重ねあわされている。ひとつは鎌倉末期のものであろう古戦場での合戦の伝承。もうひとつは、明治の末ごろにあった旧制中学生の海難事故の伝説である。前者の合戦が凄惨なものであったことは想像するまでもないが、後者の悲劇も現代が克服したかにみえる水の恐さを思いおこさせる。そのような二つの恐怖の立体構造が、この噂の基調を構成している。

 そしてまた、この二つの出来事は明治以降唱歌として歌いつがれ、それに親しんだ人の脳裏に固有の伝説を形成しているであろうことが重要である。「七里ヶ浜のいそ伝い、……」、「真白き富士の峰(ね)、緑の江ノ島、……」、このような歌詞が想いうかぶ人も多いであろう。

 名将が剣を投じたという神性をおびた海と、近代の人工もむなしく若い魂を呑みこんだ海。この二つの悲劇は、歌によって徹底的に美化され伝説化されている。そのようなロマン化された二種類の海に、さらには現代の海水浴場としての浜辺の水が重なりあう。

 現代の海水浴場は、安全に囲いこまれたいわば人工の海といってよかろう。そのような人の世界に取りこまれた「人工の水」は、本来ならばその下にはり巡らされた目には見えないもうひとつの「水のネットワーク」で、幾重にも安全が確保されているはずである。もちろん、ここでいう「水のネットワーク」がメタファーであることはいうまでもない。現実には、現代社会が構築したさまざまな安全装置をさす。

 そのような安全なはずの海水浴場が、先にのべた二つの伝説と接点でつながるとき、わすれたはずの恐怖の記憶がもどってくる。いわば「人工の水」のタガがはずれて、自然の脅威をもつ海と「境界」を接することになるのである。いうまでもなく、広大な海はまだまだ現代人に克服しきれない恐怖をたゆたえているのであろう。

『恐山温泉の幽霊』
《 20年以上昔に学生だったとき東北を旅行しまして最後に恐山に行きました。三途の川とか色々看板が立っていましてもう観光のノリで見ていたら、たまたまタダのお風呂(温泉)がありまして多分湯治用だと思うんですけど、入りました。いい湯だった覚えがあります、湯気が気持ちよく上がっていました。
 後年青森の友達にその話をしたら、その風呂は出るんだよと顔をまじまじと見られました。「オバケ属」の心理的な圧力は、居住地の距離の短さとと比例しているようで、被害を受けないとよそ者はわかりませんね。》

 この話題も、過去の水と現代の水のもつ意味の対比がおもしろい。土地に根づいて住まっている人々にとっては、この温泉の湯のオバケはいまでも生きている。しかし、現代人としての旅行者にとっては無効であるらしい。もしこの旅行者が、土地になじんで根をはりだしたとたんにオバケはリアルな姿を見せることであろう。

『雨請い伝説』
《 毎年8月23日には,俊蔵祭が行なわれるが,これは,日照りの時に前田俊蔵という人が,岐阜の夜叉が池に,自分の命と引き換えに雨を降らしてくれと,祈りにいった。すると,大雨となった。百姓はみな助かった。俊蔵さんは,そのご切腹をして,池の神様との約束を果たした。それを讃える祭りである。だから,この日は,どんなに晴れていても,必ずちょっとは,雨が降るという。
 その後,町の役員としてこの祭りに関わったときに,祭りの由来書(ガリ刷り)を見たところによると,前田俊蔵は,T月町T月の28才の青年であり,明治16年8月の大干ばつの時に,夜叉が池へ雨乞いをしにゆき,実際に自害した実在の人物であると言うことです。

 同年10月に,顕彰会が作られたようです。なお,俊蔵祭の時は,地元で法要(禅宗)をつとめるだけでなく,代表が夜叉が池の竜神に参拝する。(現在も行なわれています)》
 これは明治の話であっても、かつての農村伝説の色を濃く残しているものであろう。農民にとって水の重要さはいうまでもない。もちろん池は「淀む水」であり、上流からの「流れる水」をたたえるところである。もしその上流の水がこなくなれば、もうひとつの上流である空からの水に頼るしかなかろう。そして、その空からの水を求める接点も「夜叉が池」にもとめられる。その接点は、ひとりの青年の命と村人へのめぐみの雨を交換する重要な結節点でもあったのであろう。

『水源地公園の兵隊幽霊』
《 5年前;札幌市豊平区の『水源地公園』;そこの近隣の40代の某社長婦人
 実際に行ったことはありませんが、札幌市豊平区の『水源地公園』は何やら第二次大戦当時日本軍の関連施設がどうだかだったとかで、日本兵の幽霊が出てたたられるので、昼日中でも行ってはいけないと、5年前そこの近隣の40代の某社長婦人に忠告されました。ローカルテレビでも取材をされている有名な場所な様です。》

 「水源地公園」という名称が、おのずから事の重要さをものがたっているだろう。北海道の開拓者たちの命の水であったのかもしれない。戦闘のなかったはずの北海道でその日本兵がどんな死に方をしたのかは知りすべもないが、昼ひなかでも祟るというのは興味ぶかい。

『小樽運河の霊』
《 また、小樽の運河にもかつて出る噂がたったことがありました。小樽運河の再開発のされる前(15年位前)の話です。今でこそ小樽運河は観光地化し、観光客が数多く来て賑わっていますが、その頃は随分とさびれた人通りの少ない所でした。そこで見たという人が何人も出て、新聞記事になったことがあります。
 で、運河建設当時のことを知る人の話で、運河建設のタコ部屋のタコたちが死ぬと、運河の基礎に埋め葬られたという話が出てきたのです。内地から連れて来られたり、朝鮮半島から来たりしたタコの姿を、小樽の町の人たちもかわいそうに思っていたそうでした。》

 運河とは、いうまでもなく自然の水に人工を加えることである。強引な運河工事でたくさんの悲惨な犠牲者がでたとなれば、鎮められようもない霊がさまよいでるのは無理もない。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅵ.美女と湖水02「水と死体」

Ⅵ.美女と湖水02「水と死体」


『死体洗いのバイト』
《 死体が浮くかどうかの専門的なお話ではないのですが、「死体洗いのバイト」と共に、「浮いてくるホルマリン漬けの死体を沈めるバイト」という話もあったことを、ふと思い出しました。》

 すでに「医学伝説」でのべた「死体洗いのバイト」系列の話題である。水ないしはホルマリンに浮かぶ死体から「羊水中の胎児」という原イメージを思いうかべることはないであろうか。いずれにしろ液体中に浮遊する死体からは、火葬されたり土中に埋葬された死体とは異なった生々しい不気味さが感じられる。


 解剖用の死体を水で洗ったりホルマリン液に漬けたりという「死体洗いのバイト」は、だれもがその現場に遭遇したはずがないのにリアルな場面を思い描くことがでる。液体のもつ透明感と、死体のもつ生々しさの対比がこの現実感をかもしだすのであろう。

 われわれの人生を「流れる水」にたとえれば、その行く末が死体を漬ける「淀む水」というのはあまりにも悲惨である。そこには、われわれが存在すると信じていた精神の宿る場はまったくない。霊魂の不滅でも信じないかぎり、肉体から切り離された「形をとりそこねた精神」は、「淀む水」のなかにはかなく消えるほかないのである。

 われわれの生を「流れる水」といっても、かならずしも自然の流水とはかぎらない。さきに都会生活を水族館にたとえたが、人工の流水装置で流れをつくり出されている水槽のなかの魚にすぎないかもしれないのである。自由に泳ぎまわっているようにおもえても、ひたすら同じところをぐるぐる巡っているだけなのかもしれない。

 鮫のような魚類は、つねに泳ぎまわってエラに流水を注ぎつづけないと窒息死するらしい。われわれ現代人もまた、目的はただ「泳ぎ続けること」だけに定められてしまっているかもしれないのである。

『温泉の老人死体』
《 いやあ、M込温泉ですか。殆ど地元のようなものです。去年引っ越してしまいましたが...。
 あの辺りの「温泉」は大抵黒褐色ですね。「単純なんとか泉」というそうですが。同じ大田区の池上にもH松温泉という二階が宴会場になっていて平日の昼間からジジババが民謡で盛り上がるところがあるのですが、そこのお湯も真っ黒です。
 で、ぬるい湯と熱い湯の浴槽があって、熱い湯の方は深い。1M30CM位はあるでしょうか、しかも物凄く熱いのです。その深くて熱い浴槽にも、ご紹介のような逸話があるようです。
 全然関係ないけど池上というところは湯屋が多いところで、今挙げたH松が朝の10時から、すぐ近所のT海湯は開くのは夕方ですが夜2時までやっていて、うちブロがなくても殆ど不便しません。
 更に関係ないけど、子供の頃、禿頭のおじいさんが湯屋の脱衣所でぶっ倒れたのを目撃したことがあります。蛸みたいに真っ赤になって、頭から湯気をたてていました。このとき聴いた、遠くから近づいて来る救急車のサイレンの音は忘れません。》

 これもまた、すでに「風呂場伝説」の項でふれた「温泉に沈む老人死体」の関連話題である。この種の浴槽に沈む死体の系統の話は、当事者が老人であることが特長的であった。老人に起こりやすい事態であるという現実的な理由もちろんだが、多数の人の入っている風呂場で人知れず沈んでいるというところには、現代の老人の孤独といったテーマがかぶせられているとも考えられよう。

 しかしながら、もっぱら「人間スープ」になったり「人間チリ鍋」になったりと、当人に同情するのではなく突きはなした滑稽譚になっているのがほとんどであった。このあたりは、現在の老人たちの置かれている状況を物語っているかのようである。

『シャワー室の浮浪者死体』
《 シャワー室には以前は浴槽があった。しかしあるとき浮浪者が入り込んだらしくどういうわけか浴槽の中で死んでいた。以来、浴槽は撤去され、シャワーのみになった。》

 これも同様の孤独な死のひとつである。そして、その生の痕跡は跡形もなく取り払われる。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅵ.美女と湖水01「水と女」

Ⅵ.美女と湖水01「水と女」


 この項の分類で中心となる話題は、「現代カー伝説」の章でも紹介した「消えるタクシー女性客」の系列のものが典型的である。都会の道路を現代の川にたとえれば、そこを走るタクシーなどの自動車は「川を流れる水」と解釈できるだろう。そして女性客の消えさる場所は、池や湖のそばであることがおおい。ここで、その筋氏の「流れる水/淀む水」という解釈を借用すれば、女性は「流れる水」にのってやってきて「淀む水」のところで消えるということになる。

 現代人たちは、都会という川に流されて生活している。そして流されながら、どこかゆっくりと定着する場所をさまよい求めている。そのような都会人の心性を、これらの噂の背景に想定してみることができようか。とするとシートに残される水は、現代人の汗であり涙であり、かつまた唯一の危うい存在の証であるのかもしれない。

 一方で、ヒロインたる「消える女性」の解釈もやっかいなしろものである。彼女たちは、けっして母親や既婚女性の気配を感じさせず、ある種の処女性のイメージを漂わせている。あるいは、あとに残される水から妊娠出産を想定するとしても、「水子」のようなこの世に定着できないはかなさにしか結びつかないところがある。源氏物語の夕顔のような、あやうい女性像へのベクトルをもっているとも考えられるのである。

<深泥池(みぞろがいけ)伝説>

『深泥池のタクシー女性客』
《 深泥池(みどろがいけ/みぞろがいけ)の消えるタクシーの女性客
 深夜、京都市北部の深泥池の先を指定する女性客が、深泥池付近を通りかかると消てしまいシートが濡れている、という話。類似の話は、各地にありますね。》

 「深泥池伝説」は、まず典型的な「タクシー伝説」として投稿にあらわれた。そしてそれに現代の舞台背景と今日的な解釈をしめす投稿がつづく。

『深泥池のタクシー女性客』
《 「深泥が池」は、名前からしておどろおどろしいですね。古代からの植生群などが残っていて、底無し沼のような不気味な雰囲気が漂っています。あそこに生えているジュンサイ(字が判らないが「純妻」ではない(^^;>純さん)は、トコロテンのような透明でヌメヌメしたものが茎のまわりに付いていて、味噌汁のミにするとオツな舌ざわりがなんともいえません。この水草を採りに池に入って、「泥」に引き込まれてしまった人が多いとも聞いています。夏の夜など、その「ヒトダマ」が植生群の間を漂うそうです。(蛍の見間違い、という説もあり)
 池の縁に沿った坂道を、北部の岩倉方面に向けて登っていくと、ひっそり閑とした病院があります。かつては結核療養患者の専用病院だったと思います。この病院で亡くなった人の亡霊が、深泥が池に「出る」という話しも聞いた事があります。「タクシーの女性客」は、病院が懐かしくて帰って来られるのかもしれませんね。シートが濡れているのは、もちろん「おもらし」ではなくて(^^;、池の水のせいでしょうね。》

 幽霊ということから、いまでも不気味な雰囲気をただよわせる深泥池とその付近にある結核病院が結びつけられる。この付近の地理を知っている人々にとっては、さしあたって妥当な結びつきであろうとおもわれる。

 ここでまた、その筋氏の「水」の解釈を援用させていただこう。陰陽五行説にもとづく解釈である。

『<壬,癸>ということ』
《この世界解釈では,水を産みだすものは金
          水が産みだすものは木
          水を妨害するものは土
          水が妨害するものは火
 という基本原則があります。五行配当表によると
<水>を表すいろいろなものは 黒色,北方,冬,聴覚,智,塩味
 時空系は 亥 21−23時  10月
      子 23−1 時  11月 北
      丑 1−3  時  12月   (旧暦)
 水の陽(壬)みずのえ  海洋,大河,洪水の水 生命の種子が妊まれる 1
 水の陰(癸)みずのと  水滴,雨露,小流の水 種子の内部に生まれた 6
                  *ものが揆(はか)れるぐらいにそだった。

 ということになり,基本的に<暗く冷たい,妊娠状態>を表しているということになります。丑三時が,草木も眠ると言われているのは,まさに,発芽直前の状態を表しているからでしょう。したがって,この時間に出現するものは<生命体>となり得ない<生命現象>と捉らえることができます。

 そういえば,死体が水の中に捨てられる事の,心理的原因をここに求めてみても,いいのかもしれません。

 その意味で,丑寅の方位(北東)が,表鬼門であるのは,生命の誕生の時にあたるからで<生命誕生>が,一つのけがれであったとする先のご隠居さんの説明にもよくあてはまります。(ついでに言えば裏鬼門(南西)とは,生命の真っ盛りに忍びこむ衰えへの移行の時期にあたるからのようです。)

 また,北西の方角は<死>そのものを表すことになり,ここが一つの<妖怪>の発生しやすい地帯であることも,思い当ることです。
 この観点から,<深泥が池>のきえる女性は,ぴったり説明が効きます。場所は京都の東北,<形をとりきれない生命が儚く表れ,再びその本来の性質である水に戻る>のです。》

 「形をとりきれない生命」ということに注目したい。「消える女性客」は、なにか「形」をとりきれなかった怨念から現れるのであろうか。

 さてここで、さらに「深泥池の古伝説」が登場する。

『深泥池の古伝説』
《 中世から江戸期に盛んだった説教浄瑠璃に「をぐり」というのがあります。小栗判官の物語でその一部を紹介しますと、
 小栗殿は、つひに定まる御台所のござなければ、・・・鞍馬へ参り、定まる妻を申さばやと思ひ、二条の御所を立ち出でて、市原野辺の辺りにて、漢竹の横笛を取り出だし、・・・・半時がほどぞ遊ばしける。深泥池の大蛇は、この笛の音を聞き申し、・・・・十六・七の美人の姫と身を変じ、・・・・と、深泥池には、昔からこういう類が住んでおったということです。

 なお、深泥池は天狗でお馴染みの鞍馬への途中であるだけでなく、現在も丑の刻参りに訪れる人がいる貴船神社、憑き物を落とすことで知られる岩倉観音の道でもあります。ちなみに、岩倉観音の周囲には、憑き物を落とす人を止めたり、あずかる所が立ち並び、後に近代医学の導入にともない、それらの宿は病院に商売変えしたということです。深泥池はそういう所です。》

 「現代の深泥池伝説」を語りあう人々には、かならずしもこの古伝説が意識されているわけではないだろう。しかし民衆の意識の底にある古伝説が、現代深泥池伝説と重なりあって噂の重層的な立体感をかもしだしていると考えることはできる。

 「深泥池の大蛇」は何を意味するのであろうか。深泥池は、かつての都の東北部に位置し洛外にあたる。かつて都から排除された一族の、なれのはてなのかもしれない。いずれにしても、「形をとりきれない生命」であることはまちがいないであろう。

 引用の後半にあるように深泥池の後背部には、都から排除されたものどものまさに魔界の巣窟といってよいような空間がひかえている。すぐ奥の岩倉には戦前から精神病院があり、京都の住民にはよく知られている。すぐそばの結核病棟よりも、さらにいっそう排除された人々が押し込められたことであろう。

 ここでまた現代の「肉体と精神」の主題が回帰してくる。「形をとりきれない生命」は、かつて「肺病やみ」とされ遠ざけられた肉体や、「気ちがい」として排除された精神であった。しかし現代ではもはや「排除」という手法はかぎりなく無効化されつつある。エイズや癌はいわばわれわれの細胞そのものの病いであり、排除するならば原理的にはわが身そのものをも排除しなければならない。精神の病いにおいても、正常なはずのわれわれの精神との境界はほとんど取り払われつつある。

 M・フーコ流にいえば、近代理性は「狂気」を排除することにより、はじめて明瞭な形をとり得た。「明瞭な形」をとるためには、排除が不可欠であったのである。そしてその手の内が暴かれつつある現代では、安直な排除の手法は使えない。さらには上述したように、現代人にとって排除は原理的に不可能な手段であることもあきらかになりつつある。

 となれば、われわれ現代人は「形をとりきれない生命」として大都会をさまようほかないのであろうか。小栗判官の笛の音にさまよいでる深泥池の大蛇は、われわれ自身のうつし身かもしれないのである。

<水と女性の霊>
 ここでは、明確には「消える女性客」の形をとっていないが、水と女性の霊に関連した話題をひろく取りあげてみよう。

『霊を感じる池』
《 近くに大谷池というキャンプ場があります。ここはフィールドアスレチック、キャンプサイト、サイトごとに木で作ったベンチとテーブルなどがあり、サンコウチョウという珍しい鳥が営巣するほど自然に恵まれたところなのですが、なぜかキャンプする人がほとんどいない。昼間はバーベキューや宴会で賑わうのですが、夕方になるとみな帰ってしまうのでした。
 その原因というのは昔その池で髪の長い女性が自殺したらしく、その亡霊がときどき出るからだそうです。教えてくれた女の子は霊感が強いらしく、その池に行くと「感じる」そうです。》

 キャンプ場も一種の宿泊施設であり、人のたまり場である。そしてそこにある池となれば、「淀む水」のある場所でもある。この池で自殺した女性はタクシーにこそ乗ってこなかったにしろ、死に場所をもとめてさまよってきたことであろう。「流れる水」のごとくただよってきて「淀む水」に消えた。強引な解釈とはいえ、やはりひとつの「形をとりきれない精神」が、はかなくさまよい消えていった足跡をしめす逸話ととらえてもよかろう。

 「髪の長い女性」としかしるされていないが、影のうすいうら若い美女と想像するのが噂にはふさわしい。そのような聞き手のかってな願望が、噂の伝播をささえ恐怖のロマンを形成していく。形の定まらない透明な水には、先行き不定形な処女性がなじみやすいであろうし、そしてまたその霊を感知するのも若い女性がふさわしいのであろう。

『狭山湖の幽霊』
《 十数年前、埼玉の所沢市に住んでいたんだけど、郊外に多摩湖・狭山湖という「貯水池」があります。(関東の人のいう「湖」って、どうみても「池」なんだよなぁ。ボクなんか、湖て言われると琵琶湖ぐらいのを想像してしまう。)
 そこの堰堤に、以前に飛び込んだ女性の幽霊が出るとか出ないとか(野郎の幽霊って聞かないなぁナゼダロウカ?)。「感じる人」が、そこで実際に「感じる」かどうかは知らないですが、堰堤に止めた車の中で「感じている」アベックさんはたくさんおりましたどす(笑)。

 そこの水源からは、東京都のかなりの地域に飲用水を供給してるんですね。で、この手の「池」は、普通、年に一度くらい水をほして底を浚ったりするのですが、ここの池の底を見た人はいないらしい。
 この貯水池では何人もの自殺者が出てるのですが、死体が上がった事がないそうな。んで、東京都が管理してるらしいが、絶対にここの水をほさないんですって。だって、水がなくなると貯水池の底から、白骨死体がうじゃうじゃと・・・。てなことになるとまずいでしょう(^^;。  (東村山浄水場からの水道水を飲んでる人、この項読まないように(^^;)》

 ここでも、なぜか女性の幽霊である。水辺の幽霊には男性のもつイメージがふさわしくないのであろう。水辺に消えた女性と、そんなこと露にもおもわずロマンスをたのしむ男女を乗せた幾台もの車。亡くなった女性も、かつてはそのようにしてこの湖畔を訪れたのかもしれない。しかし、そのなれのはては水底にしずむ白骨でしかない。

 その水が、大都会の飲用水として供給されるのは皮肉である。「淀む水」に沈んだ女性は、あらためて清浄な水道水として「流れる水」に変えられていく。ひとつの「形をとりきれなかった命」などとは関係なしに、世界はまわりつづけてゆく。

『松山城の女の幽霊』
《 松山城の堀の内には、現在は図書館をはじめいろいろな文化施設がありますが、太平洋戦争前は陸軍歩兵(だったと思う)連隊がありました。その当時の話。

 あるとき門番をしていた兵士が外を見るとひとりの女が立っている。何度か誰何したが返事がない。しかたなく規則にきまっている通り銃剣で刺し殺してしまいました。
 実は、この門番、急用ができたた他の兵士の代わりに当番をつとめていたのです。女は、その急用のできた兵士の恋人で、当番にあたっている日に示し合わせて、会いにきていたのでした。誰何を冗談だと思ってはにかんでいたのです。
 その後、女の幽霊が出るようになったといいます。》

 兵営は兵士のたまる場所であり、また城郭の掘という「淀む水」の場所でもある。恋する兵士に引きよせられて来た女性は、当然「流れる水」にたとえられる。戦前の、ひとつの「形をとりえなかった恋」の悲劇である。

 もうひとつ、キャンプ場の話。これには水はでてこないが、キャンプ地そのものを「淀む水」ととらえておこう。

『ローソク女』
《 これはぼくが早稲田大学に在学中の頃に聞いた話ですから、もう27年ぐらい前になりますが、当時学生の間ではかなり知られた話だったようです。ぼくの記憶のあいまいな部分を、どなたか補っていただけると幸いです。
 山で学生の一団がキャンプしていました。夜になって半分ほどの学生が眠ってしまい、あとの半分が起きているとき、着物を着た女性が訪ねてきて、「火を忘れてしまったので、ローソクを貸してほしい」と言うのです。起きていた学生たちが一本のローソクに火をつけて渡すと、女性は礼を言って帰りました。
 ところが暫くすると、またくだんの女性がやってきて、「火が消えてしまったので、もう一本貸してほしい」と言うのですね。結局、そういう女性とのやりとりが、とうとう4度も繰り返されたのでした。

 怪しんだ学生たちは翌朝、ぐうぐう寝込んでこの事件を知らなかったはずの学生たちに、その話をしました。すると、彼らは「何を言ってるんだ。寝込んでいたのはお前たちで、女性にローソクを貸してやったのはおれたちだ」と言うではありませんか。互いに「おれたちこそ起きていたんだ」「お前たちは夢を見ていたんだ」と、大騒ぎになってしまいました。
 不思議に思い、学生たちは打ち揃って、前夜女性がやってきたと覚しき場所へ行ってみました。すると、4本ずつ二組のローソクが重なり合うように、つまり8角の星型に並べられてあるのが、見つかったものの、そこにはキャンプの跡などどこにもなく、学生たちはきつねにつままれた面もちで帰ってきたそうです。
 という話を、ぼくは後輩の学生から、本人の体験した実話として聞き、ぞーっとしたのですが、別の学生にその話をしたら、それはよく聞く噂話だと一笑にふされ、自分がかつがれていたことが分かったというわけです。》

 水はでてこないかわりに、ロウソクの火が主題になっている。火もまた「明瞭な形をとりえないもの」ではある。消えてしまった生命の火を、何度も燃やしつづけようとするはかない努力なのであろうか。

 残るひとつは遊女たちの霊の話である。

『遊女の島』
《 三重県松阪郊外出身の母から聞いた話です。
 阿児の渡鹿野(わたかの)島という島に、昔、格式のない遊び女を集めた遊廓のような場所があったそうです。
 この島の近くを船で通る時、漁師さんや船頭さんが海面を見やると、水中に、島から逃げようとして海に飛び込んだ若い娘たちの顔が見えたりする…というような話が、母の子供/少女時代(昭和十年代頃)にはまだされていたようです。》

 今度は海の水に囲まれた島が舞台になっている。寄せあつめられた遊女たち自身を「淀む水」とたとえてもよいだろう。それぞれの運命を流れ流れてこの島に集められてきた逃げ場のない遊女たち。おそらくは、自らの意志とは関係なくこの島に流されてきたのであろう。

 話題は現代にもどるが、「天地真理伝説」のなかの代表的なものが「元ソープ嬢説」であった。ソープ嬢というのも現代の若い女性が都会の流れに翻弄されて流れついた「淀み」のひとつではあろう。とはいえ現代の風俗営業浴場の水は、かならずしも「淀む水」とはいえないだろう。彼女たち多くは、自らの意志でその世界に足をふみいれ、水子ならぬあまたの精虫を洗い流し、あらたな「流れる水」となっていくのかもしれない。その先には「アイドルタレント」があってもおかしくはないのである。

 ついでに、いままで別のところでとりあげた話題で「水と女性」に関連するものの小見出しをあげておこう。

 『井の頭公園の弁天様と縁切り』『用水池の口裂け女』『風呂でリカちゃん人形解体』

 これらからも、「水と女性」のもつ謎をつむぎだすことはできるだろう。とくに『リカちゃん人形解体』は、「流れる水と淀む水」の源流にある女性の原意識とでも呼ぶべき主題を含んでいるようにおもわれる。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅵ.美女と湖水00「流れる水と淀む水」

Ⅵ.美女と湖水00「流れる水と淀む水」


 この最終章では幅ひろく「水」に関係する話題を集めた。現代の伝説を取りあげるにあたって、まず第1章「異空間伝説」を中心として現代人の生活空間に焦点をあてた。また第3章「人体と人格のメタモルフォーシス」を核としては、現代人の肉体と精神の関係をひろく取りあげた。ここで取りあげる「水」は、そのような現代人の体内を流れる血液であり、また都市生活者の相互間をとり結ぶ神経系統のネットワークともたとえられるであろう。

 水をいかに解釈するかによってさまざまな視点が考えられる。水に対する伝統的な心性や文明史的な観点などをふまえて論じるとなると、この小論の射程には納まりきらないであろうし、またわたしの手の及ぶところでもない。

 今回の試みではさまざまな噂話の投稿ばかりではなく、投稿者相互のあいだで熱心な議論考察もくりひろげられた。それらの見解はこの拙論でも各所で参考にさせていただいたが、とりわけ「水」に関しては次の「その筋」氏の考察が示唆的であった。本題にはいるまえに、その考察のなかの「流れる水と淀む水」の一部分を引用させていただく。

『流れる水と淀む水』
《 流れる水は,物を運ぶ働きを持っています。日本の農村は,谷間である扇状地の中腹から上の方にかけて位置しているのが普通のようです。ちょうど,山にへばりつく形で農家が展開しているものが多いように感じます。(私がすんでいる地域に特有の事であるのかも知れませんが)

 としたら,流れてきた水が<淀み>かけるその境に,その淀みを見下ろすような形で家がたちならんでいて,<淀み>から,田圃に水を引くことになっていたのでしょう。つまり,一本の川を,下の1,2,3の繰り返しで利用していたのではないかということです。新田といわれるものがだんだん下流域に作られていくという形で展開しているのではないかと考えます。

\3
  \1 ,2
     --------        1.集落
       \3        2.淀み
         \1, 2     3.田
         --------

# この辺は,詳しい方に教えて頂かないと解らないのですが,平野の中に都市が展開するのは,比較的近年の事ではないのでしょうか。
# この仮定が正しいかどうかは全く自信がありません。参考書などを教えていただきたいところです。

 さて,上に述べた仮定が正しいものとすれば,<淀み=淵>は,<何かが流れてきて,そこに留まる>場所と定義できることになります。また,農村の生活からみると,そこは生活するための基盤であることになります。淀みがなくなることは,直ちに<水不足=飢饉>を意味するからです。また,下流の村からすると,上流の<淀み>は,水不足となる原因であるのは勿論ですが,豊かでありすぎれば洪水を引き起こすのですから自分たちの生活を脅かす<悪>ということになり,ここに,<淀み>に対する<2重価値>が生じてくることになります。善であり同時に悪であるものが,<淀み>なのではないでしょうか。

 とすれば,ここに潜むものが善神と悪神の<2重価値>をおわされるのも必然的なことです。<河童>は,淵に人を引きずりこむと同時に,律儀に妙薬を人々に与える存在ですし,<龍神>は,人に害を与える神であると同時に,雨をもたらしてくれる神でもあります。》

 この考察にある「流れる水と淀む水」という概念を念頭において、以下の水にちなんだ話題をながめていってみようとおもう。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅴ.奇人・変人・怪人伝04「著名人・職業柄・県民性」

Ⅴ.奇人・変人・怪人伝04「著名人・職業柄・県民性」

<著名人伝説>

 特定の著名人が、その個性のただよわせる雰囲気と結びつけられて噂となることもよくあることだ。だれでも知っている有名人であるだけに、ちょっとした笑話として流布しやすいところがある。

『市長選挙に出る梅原猛氏』
《 京都ではここ十数年以上、市長選挙が近づくたびに梅原猛が出るという噂が流れる。》

 この種の範疇ではやはり、TVなどで顔が知られている芸能タレントの噂が圧倒的である。「首チョンパ事件で超安値で売りにだされた呪いのソアラは現在伊那かっぺいが乗っている」とか、「引っ越しのさい、小泉今日子の部屋のソファーからコンドームが発見された」とか、この手の噂を集めだせばきりがない。タレントネタで一世を風靡したものといえば、なんといっても「天地真理伝説」であろう。

『天地真理伝説』
《 昔、天地真理ネタが流行りました。ソープにいたとか・・・》

 「アイドルスキャンダルの雛形」としての「天地真理伝説」については、前掲書『うわさの本』にくわしい。

 皇室を素材にした噂のたぐいは戦前・戦中にさえあったようだが、ことの性質上おもてには出てきづらいところがあろう。それにしても、菊のカーテンと呼ばれるほどの情報管制下にあるだけに、情報の欠落がかえって噂を発酵させやすいところがある。

『皇太后さまの病気』
《 某・国立大学共同利用機関の助教授に聞いた話(女性週刊誌調に翻訳すると)
 皇太后さまの、ご高齢特有のご気分の不調は、実は、30年以上前から発症していた。このご病気は、ご本人がそのおつもりがなくとも、同じことをくりかえしたり、人のせいにしたりと、悪意があるように見えてしまう。それで、皇后さまがいじめられているように見えるそうだ。》

 文士・文人の奇行も、いくたの噂を生みだしている。思いつくところだけあげても、永井荷風・坂口安吾・南方熊楠・内田百輭といくらでもあるだろう。現代の文筆家は比較的個性が少なくなってきたきらいがあるが、それでも伝説の人は存在している。

『奇人荒俣宏氏』
《 そうそう、この荒俣宏氏がなぜ奇人か、というのも現代の伝説ですよね。南伸坊氏が書くところによれば、妖怪『アラマタ』の命名者は水木しげる氏だということで、曰く「主食は『たい焼き』であり、『たい焼き』しか食わない」とか、曰く「荒俣さんは、居候の場所が確保できていなかった時には、深夜喫茶で夜を明かしていたらしい。
 深夜喫茶のインベーダー・ゲームのあのガラステーブルに丸くなって寝ていたっていう話だ。」とか、曰く「新宿で待ちあわせをしてたら、電話がかかってきて、今、池袋で、これからすぐ行くって聞いてから、なかなか現われず、一時間後にやっときて、実は池袋から歩いてきたっていう話だ。」とか、いろいろと伝説があるようです。荒俣宏著『奇っ怪紳士録』(平凡社ライブラリー)の解説にありました。》

<職業柄>
 職業の性格からくる特長を笑いの素材にした噂もよく見うけられる。警察官や大学教官の話題が多くみられたが、やはり権力や権威の威圧感とそれに対する抵抗意識が笑話を形成しやすいのであろう。

『サーフボードを積んだ覆面パトカー』
《 和歌山県の国道には、フェアレディの2シーターで、上にサーフボードを積んだ覆面パトカーが走っていて、私服の男の警官と婦人警官が乗っている。15年ほど前、河内長野出身のバイク乗り、学生、20才くらいに聞きました。》

 なんとなく古風な体質を感じさせる警察官と、きわめて今日的なサーファー風俗との取りあわせのミスマッチがおかしい。

 つぎに、とぼけた警察官ネタを二題。

『助手席を飲酒検問する警官』
《 ある人がホンダ・アコードの輸出仕様車を逆輸入して乗っているのだが、ある日、飲酒して、友人を乗せて走っていたら、飲酒検問に引っかかった。近づいた警官は、助手席側(右側)の窓を開けさせ、飲んでいない友人に、ハーと言ってくださいと言い、はい結構ですと言って通してくれた。》

『ネズミ捕りにかかった部長刑事』
《 大阪の朝日放送には部長刑事という番組があり、かつては部長刑事の役は、大阪の俳優が長年やっていた。その人が、ネズミ捕りに引っかかった。やってきた警官は、彼の顔を見るなり、敬礼して、失礼しました。ご苦労さまです。どうぞ。と言って、通してくれた。》

 「警察官はスケベである」というテーゼにそった話題もよくある。

『警官とノーパン喫茶』
《 元祖ノーパン喫茶の『モンローウォーク』が京都市北区にあったのですが、そこに抜き打ちの強制捜査が入った時に、客に警官の上司がいて、摘発が見送られたという話。その店に居合わせたという学生の目撃談として聞きました。この話は、ストリップ劇場でナマ板の客をやっていたのが警官の上司、というのもありました。》

 つぎのは、観光都市かつ学生の街・京都ならではの笑話。

『時代祭のバイト学生の話』
《 昔話として先輩に聞いた話です。時代祭のバイト学生が、警備の機動隊員と顔を見合わせて苦笑いしたという話。時代祭(10月22日)の前日の10・21国際反戦デーのデモで睨み合った機動隊と学生だったというオチです。これは大森一樹監督の映画『ヒポクラテスたち』の中でも紹介されていた逸話ですので、本当のことだったのかも知れません。》

 学生といえば、試験をめぐる教師と学生の話題も多かった。

『試験の際の伝説の数々』
《 ○○教授の試験は『マルクス万歳』と書くと通るとか、『カレーライスの作り方』を書いて提出した学生がいて、良だったのだが、それに不満を持ち、教授に理由を聞きにいくと、教授曰く「ジャガイモが入っていなかった」と答えたとか(最近読んだ元京大の森毅氏の本にも書いてありましたから、京都では有名だったのかも知れません)。》

『教授の採点法』
《 試験の採点はいろいろ噂がありますね。東大にもいろいろあるようです。カレーライスのジャガイモの話もありました。
 レポートを階段の上から投げて、遠くまで飛んだのが優という先生もいたそうです。「よく書いてあれば鉛筆の粉の量が多いので重く、従ってよく飛ぶはずだ」という理屈だそうです。さすがに文系の先生だったようですが。
 他にも、息子(東大生)が父の採点している学生のレポート読んで「これつまらないね」と言ったら、「そうか、優をやろうと思ったが可にしておくか」と言った話。これはその息子がうそをついていない限り実話です。》

<県民性>
 「中国人の食欲」や「ペット犬を食べる香港人」など、その国民性や文化風土の違いが噂の素材になりやすいことは前にあげたとおりである。むかしから「伊勢こじきに近江あきんど」といわれるように、日本各地の県民性も笑話の対象となりうる。ヨーロッパでドイツ人やオランダ人が笑い話のネタになりがちなように、勤勉さがかえってアダになりやすいようである。

『佐賀県人伝説』
《「佐賀県人の通った後にはぺんぺん草も生えない」 という決まり文句を、去年長崎と福岡で続けざまに聞いて印象に残っているので、これもひとつの「伝説」かな、とも思いご紹介します。
 長崎では、某長崎の地方新聞の役員が、福岡では某メーカーの福岡支社長と、彼の主催するこぢんまりとした宴席でふぐちりの世話をしていた仲居さんが、それぞれそう言っていました。どうも九州ではポピュラーな「伝説」らしいです。
 彼等の話を総合すると、佐賀県人は、「勤勉でがめつい」のだそうで、面白かったのは、ふぐ屋の仲居さんが、「私や私の知り合いが佐賀県人のそうした性質のために如何に迷惑を蒙ったか」を延々と話したことです。この「話」自体が、多分伝聞を多く含む「噂」になっていると思われます。》

『近江商人伝説』
《 佐賀県人の話ですが,関西では<近江商人バージョン>でいわれているようです。
 私は,富山県出身ですが,売薬さんにも,同じ様なことがいわれていたと記憶しています。》

 最近、関西のどろくささをベタベタに出したCMが関東地域でも放映されて、その売上がが50%増にもなったという。また、現金数千万を常に持ち歩くというディスカウントショップの老社長がブラウン管を賑わせたりもしている。関西商法のどぎつさもなども恰好の奇人変人伝説の素材となるのかもしれない。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅴ.奇人・変人・怪人伝03「あやしげな行為」

Ⅴ.奇人・変人・怪人伝03「あやしげな行為」


『入門書を読む執刀医』
《 手術台に横たえられた患者の前に、『外科手術入門』という本を持って現れる執刀医、なんてのはタチの悪いユーモアかな(^^;。》

 ここでとりあげるのはさきの「変人・奇人」とは異なり、普通の人でありその行為にもいちおう納得できる目的性があるのだが、なにか常道をはずれた妖しげな行為をする人々である。常人に限りなく近いだけにその奇矯な行為がかえって怖さや滑稽さを生じさせるのであろう。

 噂ではなく実際の出来事であるが、「風船オジサン」という人がいた。アドバルーンに毛がはえたような軽便気球で太平洋横断にいどんだオジサンの事件である。数千メートルの上空ではすぐに凍死してしまうような軽装備、連絡用にはなぜか無線機ではなくすぐに音信不通になる携帯電話、食料にはスナック菓子のポテトチップスがあったとかで、どう考えても「冒険」ではなく「奇行」である。しかし命をかけた奇行であるだけに、なぜかいつまでもわれわれの心に茫洋とした印象を残しつづけている。

 精神障害であるとか自己顕示性のつよい自殺であるとか、識者たちは常識の枠におさまるような理由づけをしてくれるであろう。しかし彼の奇行からは、さまざまな噂のふくらむ余地がある。噂の支持者たちは、そのような単純な理由づけにはおさまりきらない何物かを鋭敏にかぎつけて噂のロマンを発酵させるであろう。

 ある人は、南海の孤島でロビンソン・クルーソーのような生活をいとなむ風船オジサンを空想するかもしれない。あるいは、新宿のホームレスの群れのなかに彼を見つけたと言いだす人がでてくるかもしれない。「紙風船で延々とお手玉をし続ける風船オジサンの顔はかぎりなく幸せそうであった」などというオチがつけば、そのまま「風船オジサン伝説」として人口に膾炙していくことであろう。

 壮大な目的と現状認識の桁はずれな乖離は、場合によっては突飛なロマンを出現させる。中世の騎士を気取ったドン・キホーテは、その意図とは関係なしに「近代」という怪物を発見してしまった。風船オジサンの奇行も、「現代」という奇っ怪な怪物をわれわれの目にさらしてしまったのかもしれないのであ る。

 われわれの人生は、風にただよう「風船旅行」のようなものかもしれない。そしてその目的地はけっしてアメリカ大陸などではなく、新宿駅の通路でお手玉をつきつづける「ホームレスの幸福」であるのかもしれないのである。

 ホームレスの心に一縷のロマンをえがくのも現代人の特権であろうが、ホームレスにも当然ながら生活がある。そして、生活とは卑近な行為の積み重ねであるにすぎない。ロマンに卑小な目的行為をさし添えると、とたんに滑稽な現実があらわれでてくる。

『ホームレスと猫』
《 下町のある路上生活者は、ネコを飼っていて、とてもかわいがっていた。非常に可愛いネコなものだから、通りすがりのOLや女子高生が寄ってくる。中には「これで何か食べさせてあげて」とカンパを申し出る子もいて、もちろんそれはワンカップ大関になってしまう。
 最近は、それを目的にネコさらいをするホームレスが増えており、それも器量好しのネコしか狙わない。》

 「卑小な目的と奇行」からくる滑稽といえば、さきにもあげた「就職試験伝説」のかずかずもそうであろう。

『就職試験の伝説の数々』
《 これもすでに数多くの方からの報告がありましたが、1984年の京都でも伝わっておりました。「男は黙ってサッポロビール」とか、就職辞退者に熱いコーヒー(お茶の話も)がかけられた話とか、親子丼を頭からかけられた話、内定者を香港だか台湾だかに監禁した話、ソープランドに軟禁された話とか。しかし、当時も今も、どれもその当事者だという人に会ったことがありません。》

 つぎの話題も、得られる成果とそれに費やすであろう労力との落差がおもしろい。

『パック寿司の出前』

《 昼飯前のオフィス街にすし屋があらわれる。
 「今30人前の注文を受けたんだけれど、どうやら子供のいたずらだったらしいんですよ。こちらでひきとってくれれば半額でいいんですけれど、」
 客がOKするとすし屋は「じゃ、今もってきますから」といって姿を消しやがて手に安っぽいスーパーのビニール袋をもってあらわれる。その間およそ10分。
 「それじゃ500円でいいですから」といって、個数分の料金を受け取りすし屋は消える。お昼になってビニール袋からすしを取り出してみると、中にはどこかのスーパーで買ったと思われる、ひいき目にみても300円はしないパックの寿司が。あの10分でスーパーへ買いにいったものと思われる。》

Ⅻ【現代伝説考】Ⅴ.奇人・変人・怪人伝02「怪人」

Ⅴ.奇人・変人・怪人伝02「怪人」


『怪人赤マント』
《 むかし小学生のあいだで「赤マント」伝説がありました。なんでも「赤マント」という怪人が電柱の陰などにかくれていて、こどもをさらってゆくというのです。わたしたちはその恐怖におびえました。ついこのあいだ、こんどは「口裂け女」伝説が小学生のあいだにつたわりました。》

 山野が切り開かれて妖怪の棲息する場所が少なくなるとともに、現代の怪人たちが街角に姿をあらわす。この「赤マント」や「口裂け女」のような怪人たちこそ、伝統的な妖怪に代わって登場する「現代の妖怪」といえるであろう。人間と動物を折衷したような姿をした妖怪とはちがって、現代の怪人たちはいちおうヒトの姿をしていると見なせる。一方で、奇怪な容姿をしていて具体的な「わるさ」するような点では、奇人・変人とは異なり妖怪に近いところがあると考えられる。

 怪人たちは、妖怪のように特定の所に棲まっているというより、街中に突然姿をあらわし人々を驚かせることがおおい。現代の「変人」の氏素性が不鮮明なのとおなじく、怪人もその生活のにおいを感じさせない「都会の中の他人」のひとりではないかと思わせるところがある。街頭の雑踏で行き交っていればそれとはわからないような普通の人が、たとえば夕暮れ時の街角で出あってマスクをとれば「口裂け女」であったというように、都会のなかの知らない人々への漠とした不安感が、奇人・変人と同様の都会型の伝説を形成しているのではないかと考えられる。

『口裂け女』
《 私が生まれ育ったのは岐阜県の小さな山合いの町でして、どうでもいいウワサが生まれては消えていった(子供の間で)のですが、一つだけ鮮明に覚えているのが「町外れの用水池のほとりの小屋に口裂け女が住んでいる」というものです。
 このウワサは岐阜県が発祥の地だったようで、地元TVも怪奇特集を組んで流していた記憶があります。》

 戦前からの怪人「赤マント」は、前述したように「学校伝説」のなかに棲息の場所を見つけていったようである。「赤マント青マント」の噂として、もっぱら学校のトイレに出没するのみになった。それにかわって近年、街なかで猛威をふるったのがこの「口裂け女」である。

 「口裂け女」が狭義の伝統妖怪とことなる点は、マスクをさえしていればなんの変哲もない普通の女性だというところにある。現に噂がピークのころ、いたづらで真っ赤な口紅で口を大きく描いて「口裂け女」に扮装した女性が、街なかをふらついて警察沙汰になった事件もあったという。噂を伝えあう子供たちにとっては、「どこにでもいるお姉さん」が突然「口裂け女」に変身してしまうところに恐怖の核心があったのだろうとおもわれる。

 前掲書『妖怪の民俗学』では、「口裂け女」と「産女(うぶめ)」との関連が指摘されている。たしかに、山中に棲み里に現れてはいたずらをする「山姥」系列の伝説との類似点はある。しかし妊産婦であった「産女」と、マスクをはずして「わたし、きれい?」と問いかける「口裂け女」のイメージが、はたしてぴったり重なりあうであろうか。

『赤ちゃんを手渡す女性』
《 それと、先日ニュースになった、夜道で突然赤ちゃんを手渡されたという女性の狂言がありましたが、あのニュースを聞いた時、まるで妖怪「産女(うぶめ)」のようだと思ったものです。
 この妖怪は、水木しげる著『妖怪画談』(岩波新書)によれば「難産で死んだ女が、死後“産女”という妖怪になって現れる」といい、「川で泣いている女がいるので、どうしたのかと思い声をかけると、子どもを抱いてくれという。驚いて抱きあげると、その子どもは人間ではなく石であった、などという話が伝えられている。」ということです。夜道で「子どもを抱いてくれ」というのが、小生には怖い気がします。》

 「産女」には、わが子の生命への執着がある。難産で死んだ自分という個体を越えて、「血の継続」のために妖怪となってあらわれる。一方「口裂け女」は、整形手術の失敗という話が付加されることからみても、あくまでも自我への執着が前面にでている。「わたし、きれい?」という問いかけには、自分の美貌という「個体への執念」のみしか見うけられない。

 そういう意味では、「口裂け女」は自我の肥大したきわめて現代的な女性である。たとえ彼女が妊産婦であったと想定しても、コインロッカーにわが子を遺棄するような現代的な母性喪失のイメージのほうがふくらみやすいのではなかろうか。いずれにしても、「口裂け女」からは「産女」のような母性は感じとることができないとおもわれる。

 つぎのような、解釈不明の怪奇譚もある。

『電柱の花嫁』
《 意味の分からない怖さという点では、もっと凄い話を某作家さんのデビューを祝うパーティの席上、別の作家さんから聞いたことがあります。
 その作家さんの知人が、ふと上を見上げたら、電信柱の上に角隠しをした花嫁さんがいて、ほうきを持って掃除をしている姿が見えた。思わず、ぞっとして、目をそらした・・・という、それだけの話なんですが、いったいこれは何だったんでしょうね?》

 まさしく意味の不明さがこの話の怖さをつくっている。「角隠しをした花嫁」と「電信柱の上」というミスマッチが、シュールな怖さを生みだしているのであろう。さきに紹介した『幽霊電車のオカッパ少女』と同様、解釈を拒否するような怖さも現代伝説の一特長ということにしておこう。あえて共通項をあげれば、「処女性のもつ不定形な恐怖」というところであろうか。

 妖婆というより「怪婆」と呼んだほうがよさそうな老婆怪人も、現代伝説の重要なヒロインである。「高速並走老婆」もそうであったが、荒唐無稽な要素がついたものがおおい。

『サルババ伝説』
《 サルババとは、もじどおり、猿のような風体をした老婆です。ぼろぼろの着物を着て、川の土手に穴を掘ってその中に住んでいます(草津などにはいわゆる天井川という、堤防が非常に高くなった川があるので、そのことでしょうか)。
 部屋の中には子供たちから掠め取ってきた野球盤がいくつもかざってあり、それをぴかぴかに磨いて満足しているといわれています。サルババは丸太で作ったバイクにのって、高速で疾走するそうです。》

 なぜ「怪婆」は、高速で疾走するのが好きなのであろうか。それにしても、野球盤や丸太のバイクというところがいかにも荒唐無稽である。

『ジャンピング婆』
《 じゃんぴんぐばばあがこころから離れない
 大学は仙台だったのですが、その時聞いたうわさで、「ジャンピング婆」というのがありました。どうやら、八木山橋(自殺の名所、といわれていた)に出没するらしいいのですが、どういうものなのかよくわからずじまいでした。》

 「ジャンピング婆」というからには、ピョンピョンとジャンプするのであろうか。躍動感あふれる婆さんである。いずれにしろ、男性の老人があまり登場せず「怪婆」ばかりというのは、老婆の生命力の強さに感心せずにはいられない。「山姥」から「怪婆」へと、噂の世界でも老婆たちは活躍しつづけている。古典から現代伝説へと、老婆たちはリニューアルしつづけるのである。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅴ.奇人・変人・怪人伝01「奇人・変人」

Ⅴ.奇人・変人・怪人伝01「奇人・変人」


 今回の噂の蒐集できわだった傾向のひとつは、伝統的な妖怪の話題がきわめて少なかったいうことである。明るく透明化された現代社会には、古風な妖怪どもは棲息しづらいのであろうか。別の面から考えれば、現代人にとって妖怪がリアリティをもちにくくなっているともいえる。すなわち、妖怪たちはその具体的な棲家がなくなるとともに、われわれの心の内にも存在しづらくなっているということであろう。

 そのような伝統的な妖怪に代わるものとして、現代の「奇人・変人・怪人」たちが登場しているのではないかと考えられる。

 奇人と変人の境界は明瞭に区分しがたい。奇人のなかには体型の異様な人々もふくまれるであろうが、これは「人体変形」の部門でふれた「異形の人々」とほとんど重複してくる。怪人のように特別な悪さをするわけでもないのであるが、その特殊な躯つきが人々に噂をつむがせる要因になるのであろう。

 ここでは、いちおう普通のヒトでありながら異様な姿・行為の人々を取りあげてみよう。むかしの村々にも、知恵遅れのようなちょっと「変な人」はかなりたくさん存在したと想像される。しかし彼らは、村人たちに何処の何某と認知され、村人たちのあいだに組み込まれて生活していた。ところが現代の都市空間での「奇人・変人」たちは、大半の人には具体的な素性を知られておらず、街中でぎょっとするような形で出あわれる。

 どこのだれだかわからない、という点が前者との決定的な相違点であろう。前者はその行動様式がある程度知られていて、特別な不安や脅威を一般の村人に与えるものではなかった。ところが現代の奇人・変人たちは、その奇矯な姿行為から、いったい何をしでかすかわからないといった不安を人々にあたえる。まさに現代都市型の「奇人・変人」さんたちといえるであろう。

『変なオジサン』
《 o−MAY(幼稚園年少組)がときどき人を指差して「変なオジサンかな?」と言うので叱っていたのですが、彼女の話しによると近くの川の土手に変なオジサンが出るという話しが幼稚園に蔓延しているということでした。突然逆立ちをして、ニッと笑って「変なオジサン」と言うそうです(^^;)》

 「川の土手で逆立ちをしてニッと笑った」からといって、それが犯罪になるわけでもない。しかし親たちは、とっさに誘拐とか変質行為を連想して身がまえてしまうであろう。わけのわからない行為をする「変なオジサン」は、都会ではそのまま「こわいオジサン」に変身してしまうのである。

『騎馬像にまたがった高校生』
《 また、埼玉県熊谷市の駅前にある熊谷氏の騎馬像にまたがった熊谷高校生(県下では有名な進学校)がいて、警官が注意したところ「10円を入れてもうごかない、云々」と言ったとかいう話を聞いたことがあります。面白いのは、この話のあと、だから勉強のしすぎも考えものだ、という話が付くことです。》

 奇矯な行動→精神異常→なにをしでかすかわからない、このような連想が人々を不安にするのであろう。もちろん昔ながらに、町の人々に受けいれられている「奇人」さんもいる。

『街のイエス』
《 このような「町の変わり者」はどこにでもいますが、郷里に「○○(地名)のイエス」と呼ばれていた人物がいました。彼はレゲエ・シンガーのような蓬髪で長身痩躯、まさにイエス・キリストのような風貌でした。定職についているようすもなく、よく町中をふらふらとさまよっていました。
 子供たちの間では、「若い頃は東大生だったのだが、(なにか悲しいできごと)のためにああなってしまったのだ」「母親がすべての面倒をみてあげている」と噂されていました。特に人に害をなすわけでもなく、非常におだやかな雰囲気をたたえた彼は、けっこう町の人気者なのでした。》

 人口流動の少ないせまい町などでは、このような認知のされかたも可能であろう。「街のイエス」といった命名には、自由に生活している彼への人々の羨望さえうかがえる。
 大都会でも、マスコミなどに報道されて有名になってしまう場合もある。

『新宿のタイガーマスク』
《 「新宿のタイガーマスク」さん、ご存じの方も多いと思われますが、26日の午後3時頃、わたしはあの方の素顔を初めて見ました。
 いつもタイガーマスクをかぶり、十何枚ものスカーフをなびかせ、ラジカセを自転車に積んで新聞を配達されているあの方は、そのとき自転車の調子をみておられました。タイガーマスクは邪魔になるからか、頭の上にずり上げられ、真剣な表情で自転車のケアをなさっていたそのお顔は、実直そうな、水にさらした渥美清さんといった感じで、すこし青ざめていました。寒い日でしたので、心なしかとてもさびしそうでした。いつもアイドル系の曲をかけておられるように記憶しています(キャンディーズとか)が、いかがでしょうか。
 つねづね疑問に思っているのは、「彼は一人なのだろうか? それとも、彼らなのだろうか?」ということです。あの姿を見ているうちに、「自分もやってみたい」と思いつき、「一日やらせてくれませんか」と頼みこむビジネスマンが、一人や二人でなかったりして…あれは「タイガーマスクの会」なのかもしれないな…という妄想を抱いております。》

 彼の場合は新聞配達という目的行為がはっきりしているので、単に自己顕示性が強いだけで奇人の部類にははいらないかもしれない。やはり不安の源泉は、行為の目的が不明だという点にあろう。

『セーラー服おじさん』
《 新宿二丁目あるいは曙橋のコンビニでは、セーラー服のおじさんに会える。(4〜5年前、OLから)》

 とはいえ、さまざまな風俗が交錯する現代の大都会では、このような奇矯ないでたちでさえその風景のなかに塗りこめてられてしまう気配がある。尋常と異常のあいだは紙ひとえである。原宿や渋谷のカラフルな若者たちのあいだにドブネズミスタイルの中年サラリーマンがまぎれ込めば、こちらのほうが異常になってしまうだろう。このように都会では、いつでも価値が反転してしまうあやうさがはらまれている。

『シンデレラおばさん1』
《 もう、10年くらい前になりますが、横浜(関内、伊勢佐木町付近)でシンデレラおばさん[真っ白に顔を塗って、金髪の(日本人らしいが)おばさん(おねえさん?)が真っ白なドレスをきて、道をスーと歩いている]という噂をきいていました。
 それから、何週間かのあと、自分の目で「シンデレラおばさん」を目撃したのでした。田舎から出てきて間もなかった私は、そんな話しは嘘に決まっていると思っていたのですが、この噂を実際に目撃した時は、まるで、貴ノ浪のような、都会の懐の深さに感動したものでした。》

 たしかに「都会の懐の深さ」といえるかもしれない。そしてその裏面には、都会の孤独と不安もひそんでいる。ひきつづき「シンデレラおばさん」の報告。

『シンデレラおばさん2』
《 シンデレラおばさんは横浜県民ホール勤務?
 その話は、この週末に横浜で友人に会ったときに聞きました。県民ホールへダンスを見にいく前に会ったのですが、県民ホールにいったら「<赤い靴はいてた女の子>がそのままおばあさんになったような真っ白のおばさんがいるから。見たらすぐわかるから!」と言われたのです。
 切符のもぎりか場内案内の人なのかもしれませんが、町中でもときどき見かけていたといいます。その知人は、ここ数年は横浜にすんでいないはずなので、ずいぶん以前(10年以上前?)かもしれませんが、いまでもいるように話してくれました。気がつきませんでしたけど。
 だから、「赤い靴はいてる白いおばあさん」として記憶しています。わたしはお会いしていませんので、「都市伝説」だと思っています(^^)。》

『シンデレラおばさん3』
《 わたしもその話聞いた記憶があります。「シンデレラおばさん」という呼び方をされていたかどうかは忘れましたが、やはり全身フリフリのレースとリボン、ピンクの衣装をまとった超若作りのおば(あ)さんの話…。
 実物を見たわけではないですが、あまりにも鮮やかに視覚化されたためによく覚えています。誰から聞いたか忘れてしまったのですがとにかく女子大生(当時)で、そのころ横浜在住の友人が多かったので、あるいは横浜の情報かもしれません。「勤務先」は特定されず、「こんな人がいるんだよ!」という程度の話でした。でも、これに近い人ってけっこう見る気がするなぁ。》

 「シンデレラおばさん」とそっくりの噂で、「赤い服のメリーさん」という有名な伝説もある。白い服と赤い服のちがいだけで、ほとんど同じストーリーで語られている。彼女たちは、その奇抜な衣装で何かメッセージを発しようとしているのであろうか。なんらかのコミュニケーションをもとめているのか、それとも積極的にそれを拒否する意思表示なのか。

 考えてみれば、都会の雑踏のなかでなんのコミュニケーションもなしで行き交っているのは異常なことである。煩雑なコミュニケーションを避けたいという気持ちと、できるだけ親密な会話を交わしたいという錯綜した気持ちを秘めながら、われわれは能面のような顔つきで街を行く。大都会の孤独感とは、このような二面性をはらんだ感情からきているのであろう。

 メッセージとは、その受け手がいてはじめて完結する。受け手のない都会の真ん中で突如メッセージを発すれば、まわりが凍りつくだけだとわれわれは知っている。だれもがそのように了解して、満員電車で肉体がぶつかりあっていてもじっと沈黙をまもっている。だからといって、それをしていけないという謂われはない。現代社会の暗黙の禁忌とでもいえようか。

 そして、その「禁忌」を平気でやぶる「頼もしい人々」もたくさん存在しているのである。現代の奇人・変人さんたちのオンパレードをみてみよう。

『バレエおばさん』
《 以前電車通勤をしていたとき、地下鉄有楽町線の飯田橋駅で何度も見かけたおばさんの噂です。彼女は見たところ平凡な中年婦人ですが、通勤時間に駅の構内で、歌ったり、バレエのように踊ったり、何かと奇矯な行動をとって人目をひいていました。噂によると、彼女の仕事は家政婦で、神楽坂の裏手にある某地主の邸宅に通いで勤務しているとか。彼女の行動の原因は、息子を亡くしたことによる心の病だ、という噂も聞きました。どちらも事実かどうかはわかりません。》

『勲章おじさん』
《 池袋のサンシャインシティーで10年近く前よく見かけた人物に関しては、先日の「GON!第三号」(ミリオン出版)に記事を発見しましたが、この記事も彼のプロフィールを尋ねる形だったので定かではありません。少し欧米人的な顔かたちなのですが、いつも軍服(日本のものではない?)を身につけ、帽子や上着にさまざまな徽章をじゃらじゃらと飾り、ぼんやりと座っているのでした。わたしは、大友克洋の「童夢」に出てくる老人は、彼がモデルなのではないかと思っています。彼に関する噂をどなたかご存じありませんか?》

『ウォークマンおじさん』
《 “ウォークマンおじさん”の話です。6〜7年前、東京の日本橋本町の得意先によく通っていました。銀座線・三越前から歩いていくその道すがら、一緒にいた同僚の女性がある日、「ねえ、ウォークマンおじさんって知ってる?」「……なんだそりゃ?」「あ、ほら、いるいる!あそこ」。昭和通りを渡る横断歩道の横。上を走る首都高速の橋桁が、大通りを道の中央で分かつその空間に、おじさんはいました。
 くたびれたズボンに、上はランニングシャツ一枚。頭を職人みたいに手拭いで被って、腰にはウォークマン。もちろんヘッドフォンを着けて、(たぶん)音楽に合わせて両手のマラカスを振っています。小柄な中年のおじさんは結構有名らしく、「こないだもテレビで紹介されてた」とか。傍らにはスーパーカブ(原付バイク)がとめてあり、毎日そのバイクで“出勤”して来ては、日がなウォークマンに合わせてマラカスをシェイクしているのだそうな。でも、その目的や動機については事情通の彼女も「さあ?」でした。
 とっくに忘れていたのを、ゆきこさんの「奇人」報告で思い出したのですが、特に楽しい風にも見えず、放心したようにマラカスを振る表情がなぜか印象的で、どうしているかな?、元気かな?とか思ってしまいます。どなたかおじさんの消息をご存じの方はいらっしゃらないでしょうか。》