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Ⅺ【おもいつき歳時記】05.【端午の節句】

Ⅺ【おもいつき歳時記】05.【端午の節句】


 「端午の節句」(5月5日)は、男子の成長と健康を願い、鎧・兜・鯉のぼりなどを飾る日である。菖蒲を飾り、その強い香りで厄を払う「菖蒲の節句」とも呼ばれ、菖蒲湯に入る風習もあり、男子の将来の立身出世を祈る。

 元は「五月最初の午の日」に厄払いをする中国の風習が由来で、現在では「こどもの日」の祝日とされ、鎧・兜を備えた「五月人形」を飾り「鯉のぼり」をたてて、「ちまきや柏餅」を食べて祝う男の子の祭りとなっている。

 五月人形には、ひな飾りほど決まった飾り方は無いが、「菖蒲」が「尚武」に繋がるとして、鎧、兜、刀、武者人形や金太郎・武蔵坊弁慶など、男の子が強く育つような飾り物が並べられる。

 端午の節句が近づくと、祖父が押し入れから古い五月人形のセットを出してきて、床の間に飾ってくれた。二階の奥の間の押し入れには、槍や刀をしまえるような横長の大きな「長持ち」があって、その中に一つ一つ薄紙でくるんだ人形が丁寧にしまわれていた。

 加藤清正の虎退治、熊を投げとばす金太郎、桃から生まれる桃太郎などは、鮮やかに記憶に残っている。その祖父も、自分が小学二年生の二月ごろ、学校から帰ると老衰で亡くなっていた。米寿と言っていたから88歳だったのだろう、当時ではかなりの長生きだった。祖父と言えば、五月人形を飾ってくれている姿を思い出す。

 端午の節句の祝いかたには、それぞれの地域差があるという。鯉のぼりや五月人形、菖蒲湯、行事食など子どもの健やかな成長を願う点は共通しているが、飾り方や食べ物を中心に地域差があるらしい。特に関東と関西の違いが顕著で、朝廷のあった京都の「公家文化」と、幕府のあった江戸の「武家文化」の歴史的な背景が影響している。

 食べ物で言えば、関西の「粽(ちまき)」と関東の「柏餅(かしわもち)」という違いがある。端午の節句に柏餅を供える風習は、江戸時代の中ごろに江戸の武家社会でひろまったとされるが、一方、中国由来の粽は奈良時代にすでに伝えられており、平安時代の「伊勢物語」にも言及があって、すでに公家社会を中心に広まっていたようである。

 中国由来の厄除け「粽・菖蒲」が京都中心に広がったのに対し、武家文化の「尚武」が江戸で発展したと考えることもできる。「五月人形」にも東西差があって、「兜」中心の関東、「鎧」中心の関西といった違いが見られる。私に長男ができたとき、両親がお祝いに贈ってくれたのは、やはり「武者の鎧かざり」だった。

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