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Ⅰ【文学コラム】36.風に吹かれて(自動生成おちゃらけ文)

【文学コラム】36.風に吹かれて(自動生成おちゃらけ文)


#この文章は下記のサイトを利用して、スクリプトによって自動生成されたものです。
http://www.pandora.nu/pha/tools/spam/harukin.php (消失している)

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『村上春樹風にノーベル文学賞について語る』(おちゃらけ擬文)

 完璧なノーベル文学賞などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
 六月にデートした女の子とはまるで話があわなかった。
 僕が南極について話している時、彼女はノーベル文学賞のことを考えていた。
 ノーベル文学賞の目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。
エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。

 「ね、ここにいる人たちがみんなマスターベーションしているわけ? シコシコッって?」と緑は寮の建物を見上げながら言った。
 「たぶんね」
 「男の人ってノーベル文学賞のこと考えながらあれやるわけ?」
 「まあそうだろうね」と僕は言った。「株式相場とか動詞の活用とかスエズ運河のことを考えながらマスターベーションする男はまあいないだろうね。まあだいたいはノーベル文学賞のことを考えながらやっているんじゃないかな」
 「スエズ運河?」
 「たとえば、だよ」
 「ノーベル文学賞?」と僕は聞いた。
 「知らなかったの?」
 「いや、知らなかった」
 「馬鹿みたい。見ればわかるじゃない」とユキは言った。
 「彼にその趣味があるかは知らないけど、あれはとにかくノーベル文学賞よ。完璧に。二〇〇パーセント」


 僕が三番目に寝た女の子は、僕のペニスのことを「あなたのノーベル文学賞」と呼んだ。
 そして今日でもなお、日本人のノーベル文学賞に対する意識はおそろしく低い。
 要するに、歴史的に見てノーベル文学賞が生活のレベルで日本人に関わったことは一度もなかったんだ。
 ノーベル文学賞は国家レベルで米国から日本に輸入され、育成され、そして見捨てられた。それがノーベル文学賞だ。
 ノーベル文学賞は盲のいるかみたいにそっとやってきた。
 「それはそれ、これはこれ」である。
 冷たいようだけど、地震は地震、野球は野球である。
ボートはボート、ファックはファック、ノーベル文学賞はノーベル文学賞である。
 「どうせノーベル文学賞の話だろう」とためしに僕は言ってみた。
言うべきではなかったのだ。受話器が氷河のように冷たくなった。
 「なぜ知ってるんだ?」と相棒が言った。
とにかく、そのようにしてノーベル文学賞をめぐる冒険が始まった。


 「君の着るものは何でも好きだし、君のやることも言うことも歩き方も酔っ払い方も、なんでも好きだよ」
 「本当にこのままでいいの?」
 「どう変えればいいかわからないから、そのままでいいよ」
 「どれくらい私のこと好き?」と緑が訊いた。
 「世界中のノーベル文学賞がみんな溶けて、バターになってしまうくらい好きだ」と僕は答えた。
 「ふうん」と緑は少し満足したように言った。「もう一度抱いてくれる?」
 僕はなんだか自分がノーベル文学賞にでもなってしまったような気がしたものだった。
誰も僕を責めるわけではないし、誰も僕を憎んでいるわけではない。
 それでもみんなは僕を避け、どこかで偶然顔をあわせてももっともらしい理由を見つけてはすぐに姿を消すようになった。

 「僕はね、ち、ち、ノーベル文学賞の勉強してるんだよ」と最初に会ったとき、彼は僕にそう言った。
 「ノーベル文学賞が好きなの?」と僕は訊いてみた。
 「うん、大学を出たら国土地理院に入ってさ、ち、ち、ノーベル文学賞を作るんだ」
 ノーベル文学賞には優れた点が二つある。
まずセックス・シーンの無いこと、それから一人も人が死なないことだ。
放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。
他人とうまくやっていくというのはむずかしい。
 ノーベル文学賞か何かになって一生寝転んで暮らせたらどんなに素敵だろうと時々考える。
 「ずっと昔からノーベル文学賞はあったの?」
 僕は肯いた。
 「うん、昔からあった。子供の頃から。
 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
 でもそれがノーベル文学賞というきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
 ノーベル文学賞は少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
 たぶんそうする必要があったからだろうね」

 その夜、フリオ・イグレシアスは一二六回も『ビギン・ザ・ビギン』を唄った。
 私もフリオ・イグレシアスは嫌いなほうだが、幸いなことにノーベル文学賞ほどではない。
 「それから君のフェラチオすごかったよ」
 直子は少し赤くなって、にっこり微笑んだ。
 「ノーベル文学賞もそう言ってたわ」
 「僕とノーベル文学賞とは意見とか趣味とかがよくあうんだ」
と僕は言って、そして笑った。
 彼女は少しずつノーベル文学賞の話ができるようになっていた。

 泣いたのは本当に久し振りだった。
 でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。
 僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ。

 僕は・ノーベル文学賞が・好きだ。
 あと10年も経って、この番組や僕のかけたレコードや、
 そして僕のことを覚えていてくれたら、僕のいま言ったことも思い出してくれ。

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『村上春樹氏、村上春樹について語る』(戯文2)

 完璧な村上春樹などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
 六月にデートした女の子とはまるで話があわなかった。
 僕が南極について話している時、彼女は村上春樹のことを考えていた。
 村上春樹の目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。
 エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。

 「ね、ここにいる人たちがみんなマスターベーションしているわけ? シコシコッって?」と緑は寮の建物を見上げながら言った。
 「たぶんね」
 「男の人って村上春樹のこと考えながらあれやるわけ?」
 「まあそうだろうね」と僕は言った。
 「株式相場とか動詞の活用とかスエズ運河のことを考えながらマスターベーションする男はまあいないだろうね。まあだいたいは村上春樹のことを考えながらやっているんじゃないかな」
 「スエズ運河?」
 「たとえば、だよ」
 
 「村上春樹?」と僕は聞いた。
 「知らなかったの?」
 「いや、知らなかった」
 「馬鹿みたい。見ればわかるじゃない」とユキは言った。
 「彼にその趣味があるかは知らないけど、あれはとにかく村上春樹よ。完璧に。二〇〇パーセント」

 僕が三番目に寝た女の子は、僕のペニスのことを「あなたの村上春樹」と呼んだ。
 そして今日でもなお、日本人の村上春樹に対する意識はおそろしく低い。
 要するに、歴史的に見て村上春樹が生活のレベルで日本人に関わったことは一度もなかったんだ。

 村上春樹は国家レベルで米国から日本に輸入され、育成され、そして見捨てられた。それが村上春樹だ。
 村上春樹は盲のいるかみたいにそっとやってきた。

 「それはそれ、これはこれ」である。
 冷たいようだけど、地震は地震、野球は野球である。
 ボートはボート、ファックはファック、村上春樹は村上春樹である。

 「どうせ村上春樹の話だろう」とためしに僕は言ってみた。
 言うべきではなかったのだ。受話器が氷河のように冷たくなった。
 「なぜ知ってるんだ?」と相棒が言った。
とにかく、そのようにして村上春樹をめぐる冒険が始まった。

 「君の着るものは何でも好きだし、君のやることも言うことも歩き方も酔っ払い方も、なんでも好きだよ」
 「本当にこのままでいいの?」
 「どう変えればいいかわからないから、そのままでいいよ」
 「どれくらい私のこと好き?」と緑が訊いた。
 「世界中の村上春樹がみんな溶けて、バターになってしまうくらい好きだ」と僕は答えた。
 「ふうん」と緑は少し満足したように言った。「もう一度抱いてくれる?」
 僕はなんだか自分が村上春樹にでもなってしまったような気がしたものだった。
 誰も僕を責めるわけではないし、誰も僕を憎んでいるわけではない。
 それでもみんなは僕を避け、どこかで偶然顔をあわせてももっともらしい理由を見つけてはすぐに姿を消すようになった。

 「僕はね、ち、ち、村上春樹の勉強してるんだよ」と最初に会ったとき、彼は僕にそう言った。
 「村上春樹が好きなの?」と僕は訊いてみた。
 「うん、大学を出たら国土地理院に入ってさ、ち、ち、村上春樹を作るんだ」

 村上春樹には優れた点が二つある。
 まずセックス・シーンの無いこと、それから一人も人が死なないことだ。
 放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。
 他人とうまくやっていくというのはむずかしい。
 村上春樹か何かになって一生寝転んで暮らせたらどんなに素敵だろうと時々考える。

 「ずっと昔から村上春樹はあったの?」
 僕は肯いた。
 「うん、昔からあった。子供の頃から。
 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
 でもそれが村上春樹というきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
 村上春樹は少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
 たぶんそうする必要があったからだろうね」

 その夜、フリオ・イグレシアスは一二六回も『ビギン・ザ・ビギン』を唄った。
 私もフリオ・イグレシアスは嫌いなほうだが、幸いなことに村上春樹ほどではない。

 「それから君のフェラチオすごかったよ」
 直子は少し赤くなって、にっこり微笑んだ。
 「村上春樹もそう言ってたわ」
 「僕と村上春樹とは意見とか趣味とかがよくあうんだ」と僕は言って、そして笑った。
 彼女は少しずつ村上春樹の話ができるようになっていた。

 泣いたのは本当に久し振りだった。
 でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。
 僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ。

 僕は・村上春樹が・好きだ。
 あと10年も経って、この番組や僕のかけたレコードや、そして僕のことを覚えていてくれたら、僕のいま言ったことも思い出してくれ。

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