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Ⅻ【現代伝説考】Ⅰ.異空間伝説06「異国・異界・境界」

Ⅰ.異空間伝説06「異国・異界・境界」


<外国>
 『試着室ダルマ』のところでふれたが、主人公の若い女性はヨーロッパなどの都市の試着室からつれ去られ、東南アジアやアラブ世界などの第三世界でダルマとなって発見されることが多い。ここで、われわれ日本人が抱く「外国」には、対称的な二つのイメージがあるのが容易に想像される。

 明治維新以来尊敬と模倣の対象としてきたエキゾチックな西欧世界と、一方ではわれわれがそこからの脱出を目指した遅れて野蛮な第三世界。もちろんこれは正しい事実認識ではないが、「脱亜入欧」のスローガン以来われわれの意識に沈潜している「二つの外国」イメージであることは間違いない。

 うら若い女性が手足をもがれた悲惨な姿にされるという落差とともに、あこがれの対象である西欧から妖しげな第三世界へ売り飛ばされるという、噂の舞台のもつイメージの落差も物語の印象に寄与しているといえよう。『オルレアンのうわさ』の登場するユダヤ人が特殊な意味をもたされているのと同じように、物語の本筋にひそませるかたちで無自覚な差別意識に訴えかけるような舞台装置が仕組まれている。

 このような「あやしげな外国」のもつ意味を指摘した投稿を引用して、その投稿者の見解に賛意をしめしておこう。

『怪しく怖い外国』
《 ドイツのフォークロアにも「海外旅行で妻子が行方不明になる」「病院で臓器を抜き取られる」といった「だるま」の類話の一群があります。これらの舞台は、あちらではトルコ、モロッコなんですよね。
   日本 −− 東南アジア(含・香港)
   欧州 −− 近東、アフリカ
   (米国 −− 中南米)
といった「身近だか何か怪しい、怖い外国」の対応関係があるような気がします。》

 かつての伝統社会での伝説では、自分たちと異なった生活文化・風土をもつ人々が異人や妖怪として排除の物語に組み込まれることが多かったが、世界のグローバル化とともに「あやしげな外国人」が第二の異人とされる可能性も増大していくのであろうか。

 国民性、文化風土のちがいが下敷きになった噂を、二つほど紹介してみよう。

『香港で食べられたペット犬』
《 そうそう、電子レンジに猫といえば、「イギリスから香港にペットの犬を送ったら『おいしくいただきました』と、お礼状が返ってきた」というのも、「伝説」なんでしょうか。》

『インドネシアのラード』
《 1〜2年前、インドネシアの回教徒の間で、某食品メーカーの製品に、ラード(豚の脂)が使用されているという噂が立ちましたね。回教徒が大多数を占める国のことですから、インスタント食品であっても、パッケージにはおそらく「ハラル済み」マークが入っていたのではないかと思います。不買運動が起きたり、何かと大騒ぎになり(ああ! どういう騒動が起きたか忘れてしまいました)、とうとうイスラムの高位者がテレビ出演して、そのメーカーの食品を食べてみせ、「安全性」を保証する、というオチがつく事件でした。
 このメーカーというのがご存じの通り華僑経営で、一連の噂は常日頃からの華僑への反感が作り上げたもの、というのが当時のマスコミなどの見解でした。
 このころ、「市場の食品にラードを入れる女性がいる」という別な噂も流れ、誤解を受けてけがをさせられた若い女性の記事を読んだこともあります。》

<異界>
 日本国内でも、特殊な場所やその住民を噂の素材にしたものがある。もちろん、この手の噂には差別意識を土台にしたものが多く、その取扱いには慎重を期さなければならない。今回の試みでは、パソコン・ネットという開かれた場なので、露骨に差別的な噂は遠慮されたかとおもわれる。しかし、その種の噂が影で根づよくかたられているのも事実であろう。となれば、噂と差別の切り離しがたい関係にメスをいれるのも大きな主題となる。

 次の投稿はその種の噂だとおもわれる。ことの性格上、投稿者もかなり慎重に扱っているので引用してもゆるされるであろう。

『当たられやすい土地』
《 私が,当地に引っ越してきて,衝撃だった<噂>です。これは,今でも生きています。
 私の家から,A地内をとおって,B地に通じている道があります。その道を走るときはA地内では,最徐行しなくてはなりません。いつなんどき人があたりにくるか解らないからです。あたられたら,ひと身上なくなるからです。
 この,20年間に,この道の,この部分で,事故は起こってないようですが,そういえば,例の<当たりやグループ>ファックスのときにも,車にのっているのは,ここの人だといわれていました。40才ぐらいから上の人は,ほとんど知っているようです。表立って言われることはありませんが,,,》

 北海道や沖縄がその歴史的経緯から、本土とは異なった特殊な異界として噂の舞台とされることもある。たとえば、簡単な笑い話のたぐいであるが。

『北海道の幽霊標識』
《 北海道には?の標識があって、意味は「幽霊が出るので注意」
 「クマが出る」は、私も見たことがありますが。》

 また東京都心のど真ん中、風俗化し無国籍化しつつある新宿歌舞伎町のような街も、異界として噂の恰好の舞台となる。

『歌舞伎町で目が合ったら香港に』
《 ある女子大生(話してくれた子の、例によって友達の友達)がたまたま夜の歌舞伎町を歩いていたら、一人のヤクザと目が合ってしまった。次に気が付いたとき、彼女は香港にいた。(10年前、女子大生)》

 無国籍化した街とあやしげな第三世界とが、闇の地下水路でつながっているかような想像をさせる噂である。

<トンネル・川>
 異人や妖怪が棲むと空想される世界を異界だとすると、それらのもっとも登場しやすい場所はわれわれの住む世界と異界のあいだにある「境界」であろう。それらの境界は、かつての伝統的な地域社会では国境などにある峠や川であったことが多い。したがって妖怪なども、そのような峠や川によくあらわれた。

 そのうちでも峠は、近年の道路整備などにともない多くがトンネルでバイパスされるようになった。とすれば、出没する妖怪・幽霊のたぐいもそのトンネルに移行していることが想像される。たしかにトンネルにまつわる現代伝説は、あちこちに多くみられるのである。

 トンネル伝説の中でも代表的なのが、バイク仲間でささやかれる幽霊の噂である。薄暗いトンネルの中の冷気に直接肌がふれるバイクのほうが、自動車よりも霊と遭遇しやすいということはうなずける。

『重くなる二人乗りシート』
《 徳島県のどこかのトンネル。夜中。原付で集団で走る高校生4、5人。トンネルの中で前を走るKの後ろに誰かが乗っている。誰か友達だろうと思ったが、次に見るといなくなっていた。
「おい、さっき誰乗せてた」と聞くと、
「ええ?おれずっと一人だ」とむきになって否定する。
「確かに誰か乗っていた」と重ねて主張すると青くなって、
「実はトンネル通ってからな、後ろの荷台重かったんだ。気のせいかと思ってたけど」》

 この種の自動車やバイクにまつわる噂は、つぎの『カー伝説』の章であらためて取りあげる。ほかにも二つほど、トンネルに出る幽霊の例をあげておこう。

『トンネルの幽霊』
《 幽霊がでるという場所
S賀県 K津大崎   いくつかあるトンネルの一つ
    H根市大君畑 旧さめトンネル内(?)
いずれも,たっているだけだが女の幽霊がでるという》

『トンネル(元峠)の幽霊』
《 山梨県でのお話です。私も詳しい場所は忘れてしまいましたが(むかし習ったのに(;_;))、太宰治が・・・には月見草がよく似合うなどと言ったというお茶屋さんの横のトンネルのなかで幽霊が出るそうです。友人の友人が俗に霊感が強いというような人で見えたそうです、その人はよくあそこにいるとか言うそうですが(^_^;)》

 峠やトンネルと並んで、川も境界とされやすい地形であろう。そして、その境界を往来する場所にはおもに橋がある。となれば、橋にまつわる噂が多いのも当然であろうか。

『嵐山渡月橋は振り返れない』
《 この「渡月橋」は「十三参り」に行くとき渡るので有名ですね。お参りで橋を渡るとき「絶対に振り向いてはいけない」という言い伝えがあります(親から聞いたような)。振り返ったらどうなるかは聞いた記憶がありません(だれか知らない?)。自分がお参りするときには振り返ってみてやろう、と企んでいたんですが、どうも連れて行ってもらえなかったようです(^^;。
 その後トシゴロになってからこの橋を渡るときには、ベッピンサンを見かけるたびに「振り返って」しまうのは、この時の怨念からでしょうか(^^)。》

 十三参りでは一般に「振り返ってはいけない」と言われるが、とくに橋で振り返れないとなると別の意味が付加されているのかもしれない。橋は境界のこちらからあちら側に渡っていくことになるから、境界を越えるときの特別な儀式としての意味あいを考えてみてもよいだろう。

 また、流されやすい橋のために人柱がたてられたという伝説も各地にあるだろう。

『錦帯橋の人柱』
《 たしか、岩国の錦帯橋の話だったと思いますが、この場所にかかっていた橋がすぐに流されてしまうので、通りかかった座頭を人柱にして橋をつくったとか、あるいはそれを止めさせるために、流されない構造の橋を考案したとか。》

 これらの橋にまつわる話しは、伝統的な噂の範疇に入れておいてもよいだろう。では峠がトンネルに移行したように、現代伝説としての橋はどのように変化したのだろうか。これはあくまでも仮説であるが、高速道路のような橋脚をもった建造物が「あらたな橋」として噂の素材となるかもしれない。あるいは車の流れを水とたとえれば、高速道路自体を境界をつくる「川」と見なしてもおかしくはないであろう。高速道路に出る妖怪の例をひとつあげる。

『高速並走老婆』
《 誰に聞いたか忘れましたが、北陸道の滋賀県と福井県の境あたりには、夜、高速で走る車に併走する老婆がいるそうです。もちろん老婆というのは高齢の女性で、何とかローバーの類ではありません。》

 最後に、噂ではなく創作の中の話ではあるが、川のもつ境界性を象徴するような逸話をあげてつぎの話題ににうつろうとおもう。

『土左衛門の押しつけあい』
《 つかこうへいの戯曲(そして小説も)に、こんな逸話が載っていたのを思い出しました。
 戸田橋付近(東京都と埼玉県の境界をなす荒川にかかる橋)に水死体が流れ着き、その死体を、警視庁と埼玉県警とが、竹竿で押し合って、相手方の事件にしようとする話なのですが。
 これを読んだ時には、大笑いしてしまいました。毎日、通勤で通っていることもあって、身近に感じられたからかも知れません。川上から流れ着いた土左衛門は、捜査も難しいのでしょう。まあ、お役所仕事で、面倒を回避したいという気質を風刺したものでしょうが。》

Ⅻ【現代伝説考】Ⅰ.異空間伝説05-3「縁切り伝説」

Ⅰ.異空間伝説05-3「縁切り伝説」


 この節で最後に取りあげるのが「縁切り伝説」のある特異空間である。その場所で男女カップルがデートをすると縁が切れるという噂であって、特にストーリーのある伝説というよりはほとんどジンクスに近いものである。まずは有名な井の頭公園の別れ伝説の紹介から。

『井の頭公園の縁切り伝説』
《 カップルでお参りしてはいけない場所 …ってゆーと、関東でメジャーなのは、通称「縁切り寺」だと思うのですが、バラバラ事件のあった(^_^;)井の頭公園の弁天様も、霊験あらたかだそうです。もともと弁天様は、未婚の女性の神様なので、夫婦や恋人が揃ってお参りすると嫉妬されるので、良くないとか?(だったら、全国の弁天さまに同じ逸話が有るのかな?)正しいお参りのしかたは、男女バラバラに、時間差をつけて行くのだそうです。》

 このほか投稿にあわられた場所をすべて羅列してみよう。

 東京井の頭公園弁天池・埼玉大宮公園のひょうたん池・東京ディズニーランド・津田梅子のお墓・関東の通称「縁切り寺」・京都嵐山の渡月橋・京都植物園・大阪万博公園エキスポランド・神戸ポートピアランド・名古屋東山公園「東山タワー」・太宰府天満宮・伊勢神宮

 どれもこれも各地の行楽観光の名所がずらりとならんでいる。若い男女がデートをする場所なのだから当然のことである。また、その多くのカップルがその後なんらかの理由で別れていくのも自然のながれであろう。とすれば、多くの観光名所に縁切り伝説があるのになんの不思議もない。

 しかしここでは、そのような噂の存在の合理的な理由をみつけるのが狙いではない。むしろ噂とは、しばしば非合理な状況から発生し伝播していくものである。またそのような非合理性にむけて、それなりの納得をあたえる役割をももっていることが多い。

 恋愛に終局があるのは事実だとしても、いままさに恋愛中のカップルにとって別れにおもいをむけるのは不合理なことだ。また恋愛そのものが多くの偶然によりはじまるのと同じく、両者とも納得のいくような別れがあるわけでもないだろう。これらはそもそも、恋愛そのもの自体にはらまれている偶然性であり非合理性であろう。

 とすれば、そのような偶然性に支配されている恋愛に、さまざまな占いやジンクスがともなっているのも不思議ではない。恋い占いに熱中する男女があれば、その一方で別れにささやかな理由づけをしてくれるジンクスも必要なのかもしれない。水の上に浮かぶ木の葉のような不安定な状況では、タロットカードの恋い占いに願いをかける少女もいるだろうし、弁天さまの嫉妬に別れの原因をみつけて苦笑する男の子がいてもおかしくはないであろう。

 投稿中で、別れ伝説を取りあげた資料も紹介された。

『縁切り場所アラカルト』
《 現代風俗研究会の年報『現代風俗'92 恋愛空間』で、岩井正也さんが「別離伝説のフォークロア」というのを書いておられます。カップルが別れるといわれる場所についての噂を、弁天さんなどの女の神様に起源を求めたりしていますが、おもしろいのは噂を集めたデータです。
 関西では嵐山・エキスポランド・ポートピアランドなど、東京近辺では井の頭公園・東京ディズニーランドなど、あと伊勢神宮などがあげられています。ボートがあるというのがキーになっているでのはという推理をされています。そこへいったときの救済方法についての噂もあるようです。各地の噂を集めたら、このジャンルだけでもおもしろいかもしれませんね。ご参考までに。(リブロポート 1991.11.30 発行 ISBN:484570686 / 2,474 円)》

 この資料にはまだ直接あたる機会がないが、ボートのある場所という指摘は興味深い。前にあげたジンクスのある場所をざっと見わたしても、ほとんどが水とむすびつけることができる。そして、その多くには遊覧用のボートがあるようだ。さきに恋愛心理を水にただよう木の葉にたとえてみたが、ボートそのものが木の葉と見なすこともできる。恋愛の不安定な心理状態とボートをむすびつけるのも、ひとつの視点ではなかろうかとおもう。

 ここでも水にたいする解釈が重要なポイントだとおもわれる。水の分析はあとの章の課題となるが、ここでは、海ではなく池・川といった陸水がほとんどであることを指摘しておこう。

Ⅻ【現代伝説考】Ⅰ.異空間伝説05-2「自殺の名所」

Ⅰ.異空間伝説05-2「自殺の名所」


 自殺者の集中するメッカとでもいうべき場所が各地にたくさんある。投稿の話題に出てきただけでも三原山・華厳の滝・青木ヶ原・東尋坊などなど、ふるくから自然の自殺の名所がいくつもある。それらの投稿でもふれられているが、自殺が自殺を呼び寄せるという傾向がある。ここでは高層住宅団地など、あらたにできた自殺多発地での噂の流され方をみてみよう。

『高層住宅での自殺者01』
《 うちのカミさんが今年の夏に、今は辞めているバイト先の不動産屋から仕入れて来た話。
 小生、かつて自殺の名所としてマスコミを騒がせた某高層住宅の住人で(ミエミエだ(冷汗笑))、こちらに移って以来2年間、自殺のうわさなど聞いたことがありませんでした。しかし、依然自殺はよくあるらしく、ただ入居者が入居に際して二の足を踏むのを恐れて、役所ぐるみ伏せているだけだそうな。「パトカーも救急車も、サイレンを鳴らさず出動するということか」などとトンチンカンな質問でカミさんを悩ませ、再度聞いてくるように頼んだのですが断わられました(惜笑)。

 こういう住宅は、人が密集しているわりに隣近所の交流が極度に希薄で、このことがこの手のうわさに奇妙なリアリティーを与える条件になっているような気がします。つまり確かめようがないということです。以前、確か3人目までが地元の人で、以後は外部から自殺者を呼び込むようになったというのを本で読んだことがあります。現在は、その本にも書かれていたように、玄関側の共用通路の手すりから上にかけて格子がはめ込んであり、屋上にも出られないようになっております。飛び降りようと思えば、玄関を入ってベランダからということにどうしてもなるはずです。つまり地元住民しか自殺は可能でない。 疑問は尽きませんが、「やっぱり」のたぐいより「ウソでしょ、でも......」のような話の方が、一般には伝播力はあるように思います。》

 「情報の欠落が噂を増大させる」という法則がある。事実が伏せられる結果、噂がより増幅されるという状況は、この投稿者の手によって如実にしめされている。あえて長文を引用した所以である。つぎのレスポンスも同様の理由で引用させていただこう。

『高層住宅での自殺者02』
《 ぼくも11階建ての高層住宅に住んでいますが、飛び降り自殺のニュースはやはり完全に伏せられてしまいますね。「天井が剥がれて落下した」とか「火事になった」という話は必ず掲示板などにお知らせが出るんですが、自殺だけはたとえ衆人環視の中で起こっても黙殺されます。
 たとえば引っ越してきた最初の頃、したがってもう20年近く前ですが、うちの真下に未明に飛び降りた人がいて、新聞配達が死体を発見したそうです。その現場で線香を炊いてお坊さんが読経をしたので、事実であることが分かったんですが、正式発表がないもんですから、死んだのは男性だ、いや女子高生だとさんざん噂が飛び交いました。
 また、つい最近も午後の買い物をする奥さんたちで人通りの多い時間に、飛び降りた人がいて大騒ぎになったそうです。でも、やっぱり黙殺。》

 自然の名所が伝統的な自殺場所にえらばれたのだとすると、巨大な高層住宅群の無機的な景観は、現代の自殺者の無表情な心性をあらわしているといえよう。そのような人工の虚空間が、思いつめた自殺志願者の心をひき寄せる磁場をもち特異な空間として彼らの前にあらわれる。そしてまた、その噂を語りあう都市住民たちも、噂に接することで日頃は生活におわれて忘れている都市生活の無機質性を想い起こすことであろう。


Ⅻ【現代伝説考】Ⅰ.異空間伝説05-1「特異な空間」

Ⅰ.異空間伝説05-1「特異な空間」


 ここで取りあげるのは、明確に仕切られた閉鎖空間ではないが、ほかとは違った特異な現象がみられるような空間である。まずは、荒唐無稽な噂の引用からはじめてみよう。

『超能力研究所』
《 所謂「深夜ドライブ」ネタ。
 「狭山湖周辺を深夜ドライブしていると、道端に[超能力研究所→]という朽ちた看板を見つけることがある。矢印の方向に車を進めると、
*突然の豪雨に襲われるが雨が止むと車は乾いたまま とか
*『ドーン』という車の屋根になにか大きなものが落ちた音と衝撃を感じるのだが、車は何ともないし別に大きなものも落ちていない
とか
*細い一車線の道で向こうからヘッドライトが見えるのに、いくら走ってもその対向車に近づかないとかの不思議な体験ができる。別に身の危険はないし、引き返せば元の道に戻れる」
 これは5〜10年程前に東京の学生(免許を取って深夜のドライブをしたくなる年頃)の間で結構広まっていた噂話です。》

 この話のおもしろいところは、「超能力研究所の看板」というひとつの創作だけで、不思議な現象のおこる空間ができてしまう点であろう。なにしろ原因が「超能力」なのだから、いくらでも不思議な現象の話はつけ加えていくことができるのである。そういう意味では、きわめて発展性の大きい噂であるといえる。

 このような超能力ではなくても、電磁力・放射線といった目に見えない力のはたらく場が噂の原因となっている話は多い。

『レーダーの電磁波で』
《 成田空港開港前の話だったと思います。どこで聞いたのか、読んだのか忘れてしまいました。正確な話があったら教えてもらいたくもあります。
 開港準備に取り掛かっているころの事だそうです。木枯らしが強く吹き付ける中、一日の仕事が終るった鳶職人さんが、コントロールタワー近くのビルの屋上にやってきました。夕日が真正面に見える、眺めの良い場所です。そこで沈む太陽を見ていると、身体の芯からあたたまってくるようで、なかなか居心地が良かったのです。

 その後突然、一週間ほどして、その鳶職の人は亡くなったのだそうです。鳶職の息抜きの場所は、レーダーのアンテナの正面。普段は立入禁止区域です。言うまでもなく、レーダーは電子レンジと類似の強い電磁波を使った機械です。そこは危険区域でもあったのです。》

 われわれのまわりには、目には見えない電磁波が飛びかっているのは間違いない。しかしその人体への影響は、素人にはよくわからないしまたその量も測定しようがない。そんな不安が噂をつむぎだすのであろう。次のような、プラスにはたらく影響の噂もある。

『高圧電線で賢い子ができる』
《 私の前すんでいた町は,小さい町なのに,賢い子がようけでてます。医者が2人に大学の先生。これは,町の上を通っている高圧電線の磁気の影響です。》

 また、放射線の脅威は一般に知れわたっている。したがって、原子力を取りあつかう機関についてはその安全性が強調される。それが逆に不安をあおり噂の発生源にもなる。そしてまた、その内部情報がほとんど表にでてこないことも、噂を増幅するようにはたらくであろう。

『原発銀座の道路遮断機』
《 福井県の若狭地方の国道には、やたらと積雪用の遮断機が充実しているのは、原発事故の時に封鎖をするためだそうだ。(2年ほど前、国道27号線を走る車の中で、運転しているデザイン会社の社員に聞いた)》

 かつての伝統社会では、内と外を明瞭に区画する結界があった。ところが上にしめしたような現代伝説では、そのような結界が目に見えなくなり、いつのまにかその結界を踏み越えて危険な領域にはいり込む不安を物語っているようにおもわれる。現代の都市空間にも、そのような目には見えない結界が張りめぐらされているのではないだろうか。

 また、ファクシミリやパソコン通信ネットなど情報伝達媒体の発達により、物理的には遠くへだたった地域も瞬時につながれることになり、独特の特異空間が形成されている。この論考もパソコン通信で集められた噂が素材となっているが、つぎの例はファクシミリで全国に広がっている噂である。「電子伝説」とでも名付けるべき、あらたなフォークロアであろうか。

『関西当たり屋ファックス1』
《 また、「例のFAXネタ」に関しては、わたしがかつて勤務していた会社にも同じFAXが流れてきたことがありましたので掲げておきます。
 2〜3年前でしたね? あれが流行ったのは。どなたかがおっしゃっていたと同様の文面「関西方面からクルマの当たりや集団が関東方面(首都圏?)に進出してきているので十分気を付けましょう」が、送付者名なしで流れてきました。 車種は忘れましたが、「白いクラウン」「泉州ナンバー」(こんなのありましたっけ)などと特定されていたと記憶しています。総務の女性(東京下町に生まれたときから住んでいる)が、さかんにいろいろな人に宣伝して回っていました。》

 まずは、首都圏方面からみた関西という土地柄のイメージの特異性を指摘しておきたい。このあたり異界性については次項以下でふれる。このファクシミリを使って流される噂も、つぎつぎと追認情報がよせられた。

『関西当たり屋ファックス2』
《○ 時期を置いて、色々なところで(小)流行するらしい。私が最後に見たのは、***さんの説明よりももっと最近です。
 ○ 車のナンバーや車種がもっともらしい。和泉(いずみ)とか難波(なんば)とか河内(かわち)とか、いかにも「ヤバそうな(族車に多いとされる)」ナンバーが並んでいる。
 ○ この手のファックスは総務部門に届いた後(黙殺されなければ)、各部門に現物のコピーを添えて回覧されます。各部門に回覧されるコピーが、また、新たな怪ファックスの元になるように思います。私が見たのはファックスとしてもかなり不鮮明でしたから。黒い斑点がぽちぽちしていてコピーを繰り返した感じでした。
 ○ 後、差し出し人は実際には不明であるにも関わらず、コピーに付く前書き(総務が作った説明書き)では、いつのまにか、『所轄警察署からの通達』になっていたりします(本当)》

 ファクシミリだけではなく、つぎのようにパソコン通信ネット上でも確認もされているようである。

『関西当たり屋ファックス3』
《 これって、再FAXされるだけではなくって、ネットワークにも流れてくるんです。旧 junet でも数ヶ月に一度この種の情報をみかけたらしく、今ログを調べて見ると、1990年11月ごろの記録がありました。》

 これがデマではなく、信用できる情報としてあつかわれているることも多いようだ。

『関西当たり屋ファックス4』
《 実はこの部屋を覗くまで、流言だとは思っていませんでした。というのも、この記事、以前勤めていた会社で、堂々と社内回覧板の中に閉じ込んで対応策まで朱書きしてあったものですから・・・(^_^;。ここでログを読んだ時、一瞬、まさかうちの会社の人が面白がって外部にFAXで流していたのではあるまいな?と、思ってしまったほどです。》

 このような新しい情報空間をながれる噂と、従来にみられた流言飛語などの噂とを比較対照してみるのも大きなテーマとなるとおもわれる。それにはあらためてふれる機会もあるだろうが、ここでは独特の噂空間を形成する可能性を指摘するだけにとどめておこう。

 生き馬の目をぬくとも言われる株式市場や金融市場では、日常の生活感覚とは異なった金銭感覚や雰囲気が支配しているようである。そのような世界に生きる人たちの間でも、利害が密接にからんだ噂やデマがみだれ飛ぶであろうと想像される。ここでの噂は、もっぱら意図と狙いをもってながされるのが特長であろうか。この世界もまた、特異空間といっておかしくはない。

『兜町に流れる噂』
《 俺は 株やってないけど,日本の資本市場の本拠地の兜町では,噂がしゅちゅう.意図的であったり. 例えば,今では,「JT株で多量の失権株が発生する」なんて,まことしやかにささやかれるし》

 この世界では、多くの自殺者を出した噂やデマも多いにちがいない。しかし自殺者はいったん死んでしまった以上、利害で動くこの空間ではもはや噂の種にもならないのかもしれない。ここでは、戦後もっとも大きな噂で幾人もの死者も出したとされる、いわゆる「M資金」の話も忘れるわけにはいかないであろう。

『M資金の謎』
《 現代日本のフォークロア(??)と言えば、よく、色々な詐欺事件やら有名人の自殺やらで名前が出てくる「M資金」を忘れるわけにはいきません。と、いいつつ、この関係の話を直接聞いたという話もないし .... (^^)。誰か、M資金の話を本当に誰かから*直接*聞いた人はいませんか?》

Ⅻ【現代伝説考】Ⅰ.異空間伝説04「劇場系」

Ⅰ.異空間伝説04「劇場系」


 劇場やライブハウスといったパーフォーマンス空間には、やたらに霊や怪異現象の噂が多い。ほとんどすべての劇場にひとつやふたつの怪異譚があるといってもいいだろう。とりあえず「でる」といわれる劇場の報告を羅列してみよう。

『東京青山劇場に*でる*』
《 その1。東京の青山劇場は、以前、墓地があった所に建っている。その柿落としの時には、打ち上げを劇場の中でやった。すると、外部からは誰も入って来ないはずなのに、なぜかカウボーイ・ハットをかぶった見しらぬ人たちが大勢参加していた。以降も、ここには、よく出るそうな。》

『サンシャイン劇場に*でる*』
《 その2。サンシャイン劇場も、以前に墓地だった所であり、よく出るそうな。商業劇場では、深夜に仕込をすることは普通だが、ここは、よく出るので禁止されている》

『新橋演舞場の回り舞台に*でる*』
《 その3。新橋演舞場には、廻り舞台の下で見かけたという話がたくさんあるそうな。》

『明治座に*でる*』
《 その4。明治座は、改装前、舞台袖の奥に建物の都合で隙間があいていた。そこは薄暗く、よく出たそうだ。》

『こまつ座の小道具部屋に*でる*』
《 その5。劇場ではないが、こまつ座の小道具室は、幽霊のたまり場になっているという話。》

 ここまでは同一人の報告であるが、これを見ただけでも劇場にはやたらに「でる」という気がする。なにはともあれ、劇場という場所の特異空間性を確認しておかなければなるまい。

 まず舞台が劇場の中心であり、文字どおりハレの場であることはいうまでもない。すべてのスポットライト・フットライトがあつめられ、演者・観客ともに全員の意識が集中される場所である。しかも、演者にとっては聖なる場所でもある。

 ところが一歩舞台裏にはいると大道具・小道具部屋、舞台の袖、さらには地獄を想像させるところから名付けられた奈落と呼ばれる場所まで、とたんに妖しげな雰囲気のただよう猥雑な空間になる。このような極端な落差こそ、幽霊たちにとってはそれこそ恰好の舞台装置であろう。役者が舞台に登場するのと同じように、幽霊たちも自分たちの「舞台」に登場する。

 また、舞台は演者たちが変身する場所でもある。役者たちが、その架空の役割に神憑り的に魂を入れこむ霊的空間でもある。他方観客席は、普通の人々がさまざまなパーフォーマンスを楽しみにくる娯楽の場である。このような両者の対照的な心理の落差もまた、異様な雰囲気をかもしだす。

 さらには、興行がうたれているときの熱気と対比すれば、観客のいない劇場はがらんとした虚空間であろう。ハレの舞台のときのために黙々と稽古というケのときをすごす役者や舞台関係者たち。そしてひと気のすくない舞台裏の薄暗い空間。こういった状況から劇場伝説は生成してくるのであろうと考えられる。

 青山劇場やサンシャイン劇場の噂に指摘されているように、もと墓地であったりという立地の因縁と怪異現象がむすびつけられることも多い。あるいは、劇場の舞台裏というのはさなざまな事故のおこりやすいところでもあり、過去の事故死者や自殺者の霊が伝説に登場したりもする。こうして舞台関係者のあいだでささやかれ出した噂が、外部にひろがるにつれてさらに尾ひれがついていくことであろう。

 このような劇場伝説と似たようなシチュエーションで、ライブハウスの音楽関係者のあいだでも同様の噂が発生すると考えられる。

『ライブハウスの幽霊』
《 目黒駅前のライブハウス「SONOKA」は、日本のジャズクラブの草分け的存在だそうですが、友人から聞いた話。彼女の同居人は活躍中のドラマーですが、SONOKAには「出る」というのがミュージシャンの間で定説になっている。0時を過ぎると聴こえる、ライブが終わって掃除をしていると聴こえる(ピアノの音など)、というのがその内容。
 前のオーナーの何かである、というようなことを言っていました。幽霊ネタは埒外かもしれませんが、話者が音楽関係者であること、場所がライブハウスであることなどから並べてみました。
 劇場などでも同様の話があると聞きます。聞いたのは去年、友人はやはり音楽をやっている20代の女性です。》

 さすがにライブハウスだけあって、ピアノなどの音が重要な役割をはたしているのが特異なところであろうか。

 墓地という因縁のかわりに、もと監獄という歴史が反映された奇っ怪な劇場伝説をも紹介しておこう。あの極東軍事裁判でさばかれた、A級戦犯たちの記憶につながる巣鴨プリズンとむすびついた話である。

『監獄跡のサンシャイン劇場に*でる*』
《 池袋にあるサンシャイン劇場は、墓場ではなく、軍隊の関係施設かなにかがあって(正確なものを忘れてしまった。ごめんなさい)、「でる」というのは有名です。
 スーパーエキセントリックシアターのゲネプロで、幕をあけたら、誰もいないはずの客席に軍服姿の方々がずらっといたというのが、私の聞いた話です。
 ああ、思いだした。巣鴨プリズンがあったんだ。そうそう。たしか、そうだったと思います。昔のことはよくわからない世代なので、(なにせ東京オリンピックもしらん)もしかしたら、違う施設かも知れませんが。》

 もうひとつ、建物そのものの外観の異様さとむすびついた話を引用して、つぎの稿にうつろう。京都大学西部講堂という、大学の講堂とはおもえない寺院の本堂のような瓦葺きの木造建築での伝説である。かつての大学紛争の舞台にもなり、その屋根瓦には色とりどりのペンキが塗られているという不思議な外観からしても、噂のひとつやふたつあってもおかしくないとおもわれる。

『京大西部講堂の怪』
《 それはともかく、京都大学の西部講堂の怪談の話はもう出ましたか? とにかく、この話がしたくてはるばるやってきたので、まあ聞いてください。
 実名は出しませんが、これをぼくに語ってくれたのは、友人の女性ピアニストです。ぼくはちょっと芸人のまね事もやるので、彼女と一緒に西部講堂でイベントをやったこともあります。その時は、講堂の客席真ん中にコンクリートの台みたいなものがあって、そこでぼくは演技をしたのです。さて、そのコンクリートの下には、何があると思います?

 西部講堂は中世の寺院の一部をどこかから移築したものだとか。だから、昔から居ついた幽霊がいっぱいいるんですね。講堂でお芝居をやると、そういう幽霊が見物に出てくるので、もぎりを通った人は少ないのに、暗い客席の中は静かな観客たちでいっぱいになっていることが、しばしばあるそうです。また、そういう時は、悲しい場面でもないのに、俳優の声がみんな泣き声になってしまう現象も起きると聞いています。
 その西部講堂に、ぼくもよく知っているパフォーマーが、ある時出演しました。この人は語り手であるピアニストのご主人で、パフォーマンスの分野では世界的に有名な人です。

 その彼が出演した時、客席、といっても土間ですが、そこに穴を掘り、幽霊を穴に封じ込める儀式を演じた後、そこにしっかりと杭を打ち込んだのだそうです。終演後、その講堂を管理している学生たちに彼は「この杭は抜かない方がいいよ」と、なにげなく言ったのだとか。しかし、学生たちはそれを気にとめず、杭をぽいっと抜いてしまいました。
 その夜、学生たちが講堂の中で眠っていて、一人がふと目覚めると、その穴からぶわーっとものすごい勢いで、たくさんの幽霊たちが飛び出してくるではありませんか。わわわわ・・・! そして、学生に「こっちへおいで、こっちへおいで」と手招きするんですって。ふらふらとそっちへ行きかけた学生。その彼をからくも止めたのは、最後に穴から出てきた学生の祖母の幽霊でした。彼女は生前キリスト教徒だったのですね。「こっちへ来てはいけない」。制止する祖母の姿に、学生ははっと我に返りました。間一髪、彼は救われたのです。

 翌朝、彼から事の次第を聞いた学生たちは驚き、神社から神主を呼んできて、おはらいをしました。そして、そこをぶ厚いコンクリートでしっかりと塗り固めたのでした。あのコンクリートの台はそうやって、できあがったものなのです。それから、幽霊たちはどうなったかって? さあ、その後のことは知らないのですけどね。》


Ⅻ【現代伝説考】Ⅰ.異空間伝説03「医学伝説」

Ⅰ.異空間伝説03「医学伝説」


 いうまでもなく医学関係は、病気という生死の境界をとりあつかう世界である。しかも現在では、大半の人間がその死を病院でむかえるような状況となっている。とすれば、そのような死とむかいあう病院・医療関係に、多くの怪談があるのに不思議はない。

 そのうえ医療世界は、われわれ一般人には閉ざされた密室空間でもある。診察をうけ検査をうけ治療をうけるとしても、自分のカルテになにが書かれているか知るべくもないし、薬をもらってもそれがどのように機能するのかよくはわからない。患者はひたすら、医師という専門技術者の指示にしたがうしかすべをもたない。

 生死の境界に位置しながらその内実にはふれられない密室、このような医療世界のもつ境界性と密室性からさまざまな噂話が生まれでてくるのであろうか。まずは、もっともよく知られている医学伝説からとりあげてみよう。

『死体洗いのバイト01』
《 さて、養老先生の本を読んでいる途中ですが、「死体洗いのバイト」について記述がでてきました。わたしもこの話と言うか、そんなものがあるというのは聞いたことがあります。
 この話の仕組みは、とても常人には出来ないようなことをさせるバイトがあるが、それだけに料金も高い、という仕組みになってますね。お金の欲と、恐怖心とのせめぎが、ポイントになるのでしょう。》

 大学病院などで、解剖用の死体を洗うという高給のアルバイトがあるという噂で、自分も聞いたことがあるというたくさんの証言があげられている。いくつか引いてみよう。

『死体洗いのバイト02』
《 高校時代の事ですが、同級生の悪友が実際に大学病院に尋ねに行ったことがあります。向こうの人いわく、「あんたもだまされて来やはったんどすか。そんなもん、おまへん。だいたい、死体関係は、おたくらみたいな若い人には扱ってもらいまへん。1日やったらうなされて寝られんようになりまんがな。」
 同級生の話しだと、「死体洗い」ではなく、解剖用の死体を水槽でホルマリン処理する仕事だそうです。時間が経つと死体がプカ〜と浮かんでくる。それを、竹竿かなんかでつついて沈めるだけでいいらしい。「楽そうな仕事なんやがな〜」と残念そうにほざいておりました(^^;。》

 大江健三郎の小説『死者の奢り』の一シーンが噂の発生源だという説もあるが、それはともかく実際にそのアルバイトをしたという人はいない。

『死体洗いのバイト03』
《 京大付属病院のバイトということで伝わっておりました。また、他に、人間モルモットのバイトの話も、ワリのいいバイト話として伝わっておりました。》
 このように、地元の有名な大病院の名前をかぶせてまことしやかにささやかれる。

『死体洗いのバイト04』
《 高校生の頃、友人から(加藤という奴だった)死体洗いのバイトしないかと誘いがありました。聞くと、恐いがかなり高額のバイト料なるらしく、実際にK大学付属病院にで募集してると言います。それじゃ、やろうと言う事でその友人と、申込にいって、そんな話しはデマだって言われた経験があります。25年程昔の事です。》

 外界からは見えない密室で洗浄される死体、あるいはホルマリンの浴槽に浮かぶ死体といった情景は、だれも見たことのないはずなのに不思議な現実感をもっている。このリアリティがこの噂の浸透力の強さなのであろう。

 実際にはありえないのがあきらかな噂が多いなかで、医学伝説にはひょっとしたらと思わせるものが少なくない。これは実際にはのぞけない密室的な世界の出来事であるだけに、逆に現実的な可能性を感じさせるのであろう。つぎの話も、奇妙な現実感をもってつたえられる現代医学伝説のひとつである。

『解剖教室の壁に耳あり01』
《 <壁に耳あり>って,解剖教室で実験して,退学させられた医学生ってのは,(出典は永井明)やっぱ噂なんでしょうね。誰か,当人をしってる人がいるのでしょうか?》

 ここにあげられた出典が噂の起源になったのか、それとも先行してあった噂が書物を経由してさらに広がっていったのかはさだかではない。いずれにせよこの話も、噂として聞いたことがあるという人がつぎつぎにあわられる。

『解剖教室の壁に耳あり02』
《 うーん。そうかあ。「壁に耳あり」の話には出典があったのですね。でもそれ、いつの本ですか?私は10年以上前にこの話を知り合いから聞きましたよ。私の聞いたヴァージョンは「ある医大で、解剖実習の最中に、学生のひとりが、御遺体の耳を切り取って壁に叩き付けて『壁に耳あり!』と言った。秀逸なジョークで実習室の雰囲気は和んだが、その学生は退学になった」というものです。》

『解剖教室の壁に耳あり03』
《 壁に耳あり、のネタは、どこの大学でもあるらしく、どこの医学部生も、「それは自分の学校の話だ」といってはばかりません。本当はどこなんですかねぇ。》

『解剖教室の壁に耳あり04』
《 壁に耳ありネタ 現役の看護学生さんから聞きましたが、「献体なんかやめた方がいいよ」といってこの話をしてくれたんです。つい最近聞きました。一般論であるかのような口ぶりでした。》

 まさにこのように噂が広がっていくのかと思われるぐらい、投稿の連鎖は興味ぶかい。死体の解剖という常人からすれば異様な光景と、死体をただのモノとして取り扱う当事者とのあいだにあるイメージの落差からこのような伝説がつむぎだされるのであろう。

 主人公の医学生は、遺体をモノとしてしか感じられなくなって玩具にするという、常人感覚の麻痺した医療関係者の代表としてとらえることもできる。また他方では、そのような感覚になじみきれない初心の学生の異常行動として、噂を伝えあう一般人の批判感覚をあらわしているともみなせる。そのようなイメージのねじれがこの話にリアリティをもたせている。いずれにせよ、噂の伝達者にとってこの解剖教室は、かいまみることのできない異空間としてグロテスクに想像されることはまちがいない。

 治療現場では患者はすべてを医者にゆだねるほかはなく、あなたまかせの密室でどうされるかわからないという不安を、極端に拡大した噂話をひとつ紹介しよう。歯科医での話である。

『歯医者での怪』
《 小学生時代に見聞した噂を思い出しました。当時住んでた地方の市の私のテリトリィには2軒の歯医者がありまして
誰言うとなく□□歯科は善い歯医者で、○○歯科は悪い歯医者だ、ということになっておりました。
 どうしてそうなのか子供目には識別できなかったものですが、あるとき、悪い歯医者の擦硝子窓の下をクラスメイトと通りがかりました。すると級友は徐に、最近あったことだがと断りながら次の話をしてくれました。
 何事が起こったものか、突然恐ろしい悲鳴が通りまで聞こえ、なにやら金槌か木槌でゴンゴン打ちつける音が聞こえ、
続いて「助けて〜」の絶叫が聞こえてきた。ゴンゴンという音は次第に凄みを増し、ついにはグオングオン鳴り始め、
と、急に病院の玄関の戸がばたんと開かれ、顎を両手で押さえたおじさんが裸足で飛び出してきて脱兎のごとく逃げていった。》

 医学関係者は常人の生理感覚を超越しなければやってられない、といった主題の噂も多くある。つぎの話も、一般人の感覚とのギャップが伝説のエッセンスとなっている。

『医学生は尿もなめる01』
《 ある教授が学生の前でコップを手に語ったそうです。医学者には旺盛な好奇心が必要だ。このコップには糖尿病の疑いのある患者の尿が入っている。簡単に確かめるには、こうすればよい。と言ってコップの液に指をつけ、ペロリとなめた。そして、君達の中で、誰かやるか。次の試験で10点、上乗せしよう。と言ったので、一人の学生が手を上げ、やってみた後、その教授は言ったそうです。医学者には冷静な観察力も必要だ。私がコップに入れたのは中指で、なめたのは人差し指だ。  20年くらい前、京大医学部学生に聞いた話。》

 これには、ローカルな世界で20年間も語りつがれているというつぎのような証言もえられた。

『医学生は尿もなめる02』
《 糖尿病の患者さんの尿の話は、私も大学の知人に聞いたことがあります。私は現在学生なので、その話は、二十年前から現在まで語り継がれているって言うことですねぇ。あらまぁ、すごい。》

 最後に、艶笑小咄ふうの話題をひとつ紹介してつぎの課題にうつろう。

『歯垢中の見慣れない菌』
《 折角ですからもうひとつ紹介しておきましょう。これも「或る医大」でのお話。授業で、お互いに向かいの学生の歯垢を採取して顕微鏡で観察する、というのをやった。
 或る学生の向かいは女子学生だったのだが、その彼女の歯垢に見たことのない細菌があったので彼は教授を呼んで質問した。『先生、見慣れない菌があるのですが』
 教授がやってきて顕微鏡を覗いて一言 『君、これは精子だよ』》

Ⅻ【現代伝説考】Ⅰ.異空間伝説02-2「寮・下宿」

Ⅰ.異空間伝説02-2「寮・下宿」


 学生などの寮や下宿も、同年輩の単身者が同じようなつくりの個室で生活するという同質性をもっている。若者のひとり暮らしということでそれなりの孤独感が強いであろうし、自殺者なども比較的でやすい環境にある。また同じような構造の生活空間にあるということは、噂を共有し伝えやすいともいえる。

 自殺者を発生源にした噂を二例をあげる。まずは、開かずの間という「いわく因縁」に結びついた事例から。

『学生寮の開かずの部屋』
《 今から7年ぐらい前の話
 S賀大の,学生寮が芹川河口の橋の右岸に建っています。そこの103号室は,昔そこで自殺した学生がおり,私が学生の頃誰も入っているものがいなくて,ドアーが開かないということです。 - 話者 30才ぐらいの男性》

 また自殺者の幽霊がでるというのも典型的な噂であり、それが現在寮として使われていない理由になったりもする。

『元女子寮の幽霊』
《 資料館の幽霊
 現在資料館として使われている建物は以前は女子寮だったそうで、二人で一部屋の普通の寮でした。あるとき、作品のアイディアを盗んだとか盗まないとかで同じ部屋の二人が争い、疑われた方の女学生が自殺したそうです。以来、幽霊がでるとか。》

 自殺者以外の噂もひとつあげておこう。

『押し入れから手が』
《 そういえば、下宿してる時代の話しを思い出しました。ワンルーム・マンションなんかない頃ですから、襖ひとつで仕切られた下宿屋です。下宿のおばさんが、ときどき気をきかして学校へ行った下宿生の部屋を掃除してくれてたんですが、ある学生の部屋の押入から、どうも変な匂いがする。空けてみると、ダンボール箱の中から人間の腕が、にゅーーーっと・・・。
 もちろん、おばさんは腰を抜かしてフガフガー(^^)。医学部の学生で、解剖実習用の「腕」を持ち帰ってたそうで、そこの下宿生の間だけでで「ローカル伝説」となってたようです。》

 学生寮・下宿ともに人の入れ替わりははげしいが、先輩から後輩へと語りつがれて独自のローカル伝説を形成する。このような噂を共有することで、めでたく共同体の一員としてみとめられるのであろうか。古老から子供たちへと語られたかつての在郷伝説の、ある種の縮小版とみなしてもおもしろいとおもえる。