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XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】11.「昭和ノスタルジー・昭和レトロ」

XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】11.「昭和ノスタルジー・昭和レトロ」


 最近のSNSでは「昭和ノスタルジー・昭和レトロ」という言葉が散見される。そのようなテーマで語り合われる場さえ形成されている。「ノスタルジー」は「過去を懐かしむ感情(郷愁・切なさ)」に焦点を当てた言葉で、「レトロ」は「古くて懐かしい雰囲気やデザイン(スタイル)」そのものを指す。

 昭和ノスタルジーは、1950〜80年代の高度成長期や安定成長期の生活文化を懐かしむ文化で、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」やレトロアイテム(カセット、駄菓子、純喫茶)を通じてブームとなっている。古き良き時代への憧れや郷愁の感覚から、平成・令和世代にも支持され、モノを大切にする精神や温かい人間関係が再評価されている。 
https://www.youtube.com/watch?v=Ub6_DgXLq_w

 昭和時代は1926年から1989年までの64年間であり、特に第二次世界大戦後の復興と高度経済成長が中心的な出来事だった。この時期は戦後の混乱を経て、さまざまな社会、経済、文化的な変革を経験し、工業化と都市化が急速に進展し、人々は新しい生活様式を受け入れ、国全体として豊かさを追求する方向へと進んだ。

昭和30年代
 物質的な豊かさを手に入れながら、地域の人と人とのつながりを大切にする暮らしが残っていた転換期だった。 家庭ではテレビや洗濯機や冷蔵庫といった電化製品の普及がすすみ、人々の生活スタイルに革命をもたらした。


1.住まいと家事の変容
・ 住宅の洋風化が進展し、公団住宅などが登場。和風木造住宅でも、洋風家具をそろえた応接間が作られた。
・家事の近代化がすすみ、洗濯機や電気炊飯器や電気冷蔵庫といった電化製品が普及して、大きく家事負担が軽減された。
・買い物は近隣の商店街や公設市場で、魚屋・八百屋など、ほとんどが対面販売だったが、一部、レジを導入したセルフ販売形式も始まった。 

2. 子どもの遊びと学校
・近所の大人が、通学を見守り、子どもに声をかけ、時には叱るなど、子供を育む地域社会が残っていた。
・三角ベース、メンコ、ビー玉、缶蹴り、土管など、手作りの遊びが主流で、女子もゴム飛び、ままごと、人形あそびなど元気に遊んだ。
・ほとんどが地域の公立小・中学校にかよい、高校進学率は約5割、中学卒業後に就職する者も多かった。 

3. 社会と技術の進化
・メディアの登場: 白黒テレビが普及し、街頭テレビから家庭テレビへ変化。
・交通手段: 路面電車が主要な移動手段(下駄がわり)として活躍。
・街の活気: 神社のお祭りや商店街の大売り出しなどで、活気づいていた。 

昭和40年代
 物質的な豊かさを追求しつつ、地域コミュニティがまだ色濃く残る、活気ある時代だった。 カラーテレビ、クーラー、自動車の「3C」が普及し、都市化と核家族化が進行した高度経済成長期で、万博(s45年)や沖縄返還(s47年)などがあり、文化的には、インスタント食品や外食産業が発展し、若者文化(アイビー、ジーンズ)が花開いた。 

1.家電の普及と暮らしの変容
・3Cの普及: カラーテレビ、クーラー(クーラー)、自動車(Car)が一般家庭に急速に普及し、生活の快適性が大幅に向上。
・住宅事情: 団地やマンションなどの集合住宅が増加し、核家族化が進む。

2.食生活の革命
・インスタント食品: インスタントラーメンなどが食卓に浸透し、食の簡素化・多様化が進む。
・外食産業の勃興: ファミリーレストランなどが登場し、外食が特別なものではなくなる。

3.若者文化とファッション
・アメリカンカルチャー: ジーンズが若者の定番アイテムとなり、アイビーファッション(ボタンダウンシャツ、チノパン)が流行。
・個性の表現: 学生服の着崩しなど、個性を重視する潮流が生まれる。

4.エンタメと流行
・テレビ・音楽: テレビゲームはまだ登場前だが、テレビ番組や歌謡曲が娯楽の中心。

5.社会の変化
・人口動態: 昭和42年に総人口が1億人を突破し、都市化がピークに達する。
・大型イベント: 大阪万博(1970年)開催により、未来志向の空気が漂う。 

昭和50年代以降
 高度経済成長期を経て、人々の生活が「便利」になる一方で、都市化が進み、核家族化が進行した時期でもあった。モノが溢れ始め、消費文化が成熟した時代で、さまざまな家庭電化製品があふれ、食の欧米化やファミリーレストランの普及、アイドルブームや住宅事情の変化(団地生活)など、現代の日本的なライフスタイルが確立された時代であった。

・食文化:ファミリーレストランなど外食文化が一般化し、家庭の食卓では洋食メニューが増え、インスタントや冷凍食品の利用が進んだ。
・家電・趣味:カラーテレビが各家庭に普及し、歌謡番組(「ザ・ベストテン」など)やアニメが子供から大人まで共通の話題となった。また、「スペ
ースインベーダー」などのテレビゲーム(ゲームセンター)が大ブームとなった。
・住宅・生活:「団地」と呼ばれる中高層住宅が建ち並び、ダイニングキッチン(DK)という間取りが家庭の標準的なスタイルになった。
・レジャー・流行:山口百恵やピンク・レディーなど、アイドルブームが起きて、マイカーでのドライブ、ボーリング、海水浴、キャンプなど、アウトドアー・ライフが楽しまれた。 

XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】10.戦後昭和の音楽流行シーン(2)

XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】10.戦後昭和の音楽流行シーン(2)


3. 1970年代
 グループ・サウンズのブームが商業ベースに飲み込まれるように終息したあと、代わって、それまで影に隠れていたフォークソング・シンガーが表舞台に登場した。彼らは商業ベースに乗るのを嫌ったため、単独ライブやフォークコンサートなどでの活動が主であった。

 関東を中心に、大学生などのアマチュアグループが、曲を自作し自演すると形でフォークソングを歌って、「カレッジフォーク」と呼ばれていたが、関西では、米のプロテストソングや反戦フォークの影響を受けて、更にメッセージ性の強いフォークを歌い、「関西フォーク」と呼ばれた。

 しかし、学生運動が沈静化するとともにメッセージ性はうすれ、反戦フォークから、恋愛や友情、日々の生活を歌うフォークが前面に出るようになった。これらはラジオ番組や深夜放送を通じて全国の若者に拡散し、加えて、シンガーソングライターとしてのシングルアーティストも多く登場した。


 70年代前半には、吉田拓郎や井上陽水らが登場し、フォークソングが熱狂的なブームとなった。「神田川(かぐや姫)」、「結婚するって本当ですか(よしだたくろう)」、「学生街の喫茶店(ガロ)」など、青春や日常を歌った叙情的な名曲が数多く誕生した。 

 そして70年代後半にもなると、よりポップでロック調のサウンドへ進化し「ニューミュージック」と呼ばれ出だした。フォークソングを基調にしつつ、ロックやポップスの要素を取り入れ、都会的で内省的な歌詞と洗練されたサウンドが特徴で、シンガーソングライターの台頭により、商業ベースと一線を画すアルバム志向の作品が多く制作された。 

 荒井由実(松任谷由実)、吉田拓郎、井上陽水、チューリップ、オフコース、サザンオールスターズ、山下達郎、竹内まりやなど、シンガーソングライターやバンドが中心となり、作詞・作曲を自身で行うスタイルが定着し、アルバムの売り上げが重視されたが、メディア(テレビ ラジオ 雑誌)の影響力が強まった。 

フォークソング代表的アーティスト

・60年代 カレッジフォーク/関西フォーク
ザ・フォーク・クルセダーズ - 「帰って来たヨッパライ」で一世を風靡https://www.youtube.com/watch?v=WW-DkzvSZoU
高石友也 - 反戦歌などを歌ったフォークの草分け
岡林信康 - 「フォークの神様」と呼ばれる存在

・70年代フォーク/ニューミュージック(黄金期)
吉田拓郎 - 日本のフォークシーンを変えた第一人者
井上陽水 - 圧倒的な歌唱力と作詞能力
泉谷しげる - フォークの神様 岡林信康に続くエネルギー
かぐや姫(伊勢正三、南こうせつ、山田パンダ)- 「神田川」などの名曲

アリス(谷村新司、堀内孝雄)- 叙情的なバラード
さだまさし - 物語性の高い名曲
松山千春 - 北海道出身の熱い歌声
イルカ - 代表曲「なごり雪」
海援隊 - 武田鉄矢率いるフォークグループ
紙ふうせん - 元・赤い鳥
あがた森魚 - 代表曲「赤色エレジー」
五つの赤い風船 - 関西フォークの雄

 70年代は歌謡曲・ポップスの世界では、沢田研二らによる「歌謡ポップス」の黄金時代であり、サザンオールスターズ、ゴダイゴらによって「ポップス/ニューミュージック」が融合してヒットを多発した。

 アイドル歌謡では、ピンク・レディー、キャンディーズ、山口百恵、桜田淳子、森昌子ら、歌って踊れるスターが登場して大人気に。フォーク・ニューミュージックでも、井上陽水「心もよう」、アリス「涙の誓い」、中島みゆき「わかれうた」など、シンガーソングライターによる情緒的でポップな楽曲がヒットした。

70年代の代表的な歌謡曲・ポップス名曲

・1970-1974年(歌謡曲の黄金期)
また逢う日まで / 尾崎紀世彦 (1971)
17才 / 南沙織 (1971)
喝采 / ちあきなおみ (1972)
恋のダイヤル6700 / フィンガー5 (1973)
あなた / 小坂明子 (1973)

・1975-1979年(ニューミュージック・ポップスの台頭)
木綿のハンカチーフ / 太田裕美 (1975)
微笑がえし / キャンディーズ (1978)
プレイバックPart2 / 山口百恵 (1978)
透明人間 / ピンク・レディー (1978)
いとしのエリー / サザンオールスターズ (1979)
銀河鉄道999 / ゴダイゴ (1979)
異邦人 / 久保田早紀 (1979) 

 1980年代になると、バブル景気を背景に、より洗練された都会的なサウンドや、個性の強いアーティストが登場し、音楽メディアもデジタル化されたCDが主流となる。ニューミュージックも、やがて「シティ・ポップ」呼ばれるようになり、さらに1990年代以降には、グローバル化とともに、日本の音楽も海外に広がり出し、「J-POP」という言葉が一般化するようになった。