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XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】01.戦後闇市とカストリ文化

 【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】01.戦後闇市とカストリ文化


 「カストリ復刻版(s50年刊)」という雑誌が手元にあった。「カストリ雑誌」とは、戦後焼跡闇市の時期、雨後の筍のように発刊された粗悪な作りの雑誌の総称である。戦後の食糧不足時代、駅裏などの闇市で売られた粗悪な焼酎や怪しげな密造酒などを「カストリ酒」と呼び、同様に粗悪乱造され、エロ・グロ・ナンセンスを売りにした雑誌を「カストリ雑誌」と呼んだ。

 「三合も飲めば潰れる」と言われたカストリ酒にかけて、カストリ雑誌も「三号」も続けば良いというダジャレからそう呼ばれた。カストリ雑誌によく登場する当時の流行語らしきものを、ランダムに挙げてみると当時の世相がイメージされてくる。「カストリゲンチャー」「リンタク」「デンスケ」「裏口営業」「エロショウ」「モク拾い」「ピロポン」「パンスケ」e.t.c

 これらの文物が世間に見られた時代の大衆文化は、「カストリ文化」とも呼ばれ、それは「戦後闇市文化」でもあった。カストリ雑誌のブームは1946(昭和21)~ 1949年(昭和24年)頃と言われ、意外に短く終焉して行った。それは朝鮮特需が始まり、やっと物も行きわたり出し、敗戦のどん底から復興の兆しが見えてきたことと並行していた。

 この時期に活躍した写真家 林忠彦著「カストリ時代/レンズが見た昭和20年代」では、まさしく時代の空気を映し出した写真が多く見られる。林は当時の文士を切り取った写真でも有名である。

 太宰治、坂口安吾、織田作之助など「無頼派」とも呼ばれた彼らは、まさしく、この時代と格闘し討ち死にしたような作家生涯を送った文士である。当方は生まれて間もない時期だったので、当時の状況を知る由もないが、何故か彼らの生きた時代が懐かしく思える。

 当時の闇市で怪しげなカストリ酒を飲んで頓死したひとりの文学青年を悼んで、友人の若き詩人が記した一片の詩がある。

 「死にたい奴は死なせておけ、俺はこれから朝飯だ」
ひたすら生きることへの切迫感のただ中だからこその、無二の親友への追悼詩である。

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