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Ⅱ【思想コラム】08.日本語と西洋言語の違いが、「文化」も変えている

Ⅱ【思想コラム】08.日本語と西洋言語の違いが、「文化」も変えている



 長い動画なのでAIに要約させた。これも長いと思うひとは、最後の「5. 結論」だけ読むべし。

 日本語と西洋言語(特に英語などのインド・ヨーロッパ語族)の語順の違いは、言語構造や思考パターン、文化的な背景に深い影響を与えています。以下に、主要な語順の違いとその意味を簡潔に解説します。
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「日本語と西洋言語の語順の違いの持つ意味について」

1. 語順の基本的な違い
日本語: 主語-目的語-動詞(SOV)。例: 私は本を読む(I book read)。
西洋言語(例: 英語): 主語-動詞-目的語(SVO)。例: I read a book.

日本語は動詞が文末に来るため、聞き手は文の最後まで聞かないと行動や結論がわからない。
英語は動詞が早く現れるため、行動の概要が早く伝わる。

2. 語順がもたらす意味
(1) 情報伝達のタイミングと期待感
日本語(SOV): 文末の動詞に情報が集約されるため、聞き手は文の最後まで「何が起こるか」を待つ。この構造は、状況や文脈を先に提示し、結論を後に持ってくる「文脈依存型」のコミュニケーションを反映。
例: 「私は昨日、図書館で、本を…」と進むと、聞き手は「何をした?」と期待しながら聞く。
文化的背景: 日本文化では、直接的な結論を急ぐより、状況説明を重視する傾向がある。
英語(SVO): 動詞が早く出てくるため、行動や意図が即座に明確になる。「結論先行型」のコミュニケーションに適している。
例: 「I read…」で「読む」という行動がすぐわかり、その後に補足情報(何を?)が入る。
文化的背景: 西洋文化では、要点を先に伝える直接性が重視される場合が多い。

(2) 文脈依存度
日本語: SOV構造に加え、助詞(が、を、になど)が文中の役割を明確にするため、主語や目的語の省略が頻繁(例: 「本、読む」)。これは高文脈文化(聞き手が文脈から情報を補う)に合致。
意味: 話し手と聞き手の共有知識や状況理解を前提としたコミュニケーションを促進。

英語: 主語や目的語の明示が必須(省略はまれ)。これは低文脈文化(情報を明示的に伝える)に適合。
意味: 聞き手が文脈を知らなくても理解できるように、情報が自己完結的。

(3) 思考パターンへの影響
日本語: 文末に動詞が来るため、思考や叙述が「プロセス重視」になりがち。全体の状況を構築してから結論に至る。
例: エッセイや会話で、背景を詳しく説明してから要点を述べる傾向。

英語: 動詞が早く出るため、思考が「結果や行動重視」になりやすい。結論を先に述べ、後に根拠や詳細を補足する。
例: 英語の文章では、トピックセンテンスを最初に置き、サポート情報を後に続けるのが一般的。

3. 文化的・心理的影響

日本語のSOV: 間接性や曖昧さを許容する文化を反映。聞き手に解釈の余地を与え、調和を重視するコミュニケーションを支える。
例: 「雨が降っているから、傘を…」と始まり、聞き手が「持つべきか?」と推測する。

英語のSVO: 明確性や個人主義を重視する文化に適合。話し手の意図を直接伝え、誤解を減らす。
例: 「Bring an umbrella because it’s raining.」で、行動の指示が先に来る。

4. 実際のコミュニケーションへの影響
翻訳の難しさ: 日本語から英語への翻訳では、結論を前に持ってくる必要があり、ニュアンスが変わることがある。逆に、英語から日本語では、文脈を補うために情報を追加する必要がある。

学習の課題: 日本語話者が英語を学ぶ際、SVOの「結論先行」に慣れるのが難しく、英語話者が日本語を学ぶ際、SOVの「文脈依存」に戸惑う。

異文化交流: 語順の違いは、会話のテンポや期待感に影響。日本語話者は英語話者を「せっかち」と感じ、英語話者は日本語話者を「回りくどい」と感じることがある。

5. 結論
日本語のSOVと西洋言語のSVOの違いは、単なる文法の差を超え、情報伝達の優先順位、思考の構造、文化的な価値観を反映しています。
日本語は文脈を積み上げて結論に至る「プロセス重視」のアプローチを、西洋言語は行動や結果を先に示す「結論重視」のアプローチを促進します。
これらの違いを理解することで、言語学習や異文化コミュニケーションがよりスムーズになります。
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Ⅱ【思想コラム】07.”Five Jews change the way we see the world”

【思想コラム】07.”Five Jews change the way we see the world”


Five Jews change the way we see the world:

Moses: "The Law is everything"
Jesus: "Love is everything"
Marx: "Money is everything"
Freud: "Sex is everything"
Einstein: "Everything is relative"
(Jewではないが)
Nietzsche: "Power is everything"
 これだけで現代思想を語り尽くせるのだ。

 愛[love]と道徳[law]が廃れて、金欲[money]・性欲[sex]・権力欲[power]が支配的の世の中になったが、すべては無[relative]である(笑)

 かつて詩人鮎川信夫は、ニーチェ・マルクス・フロイトを少し齧るだけで、現代思想ぐらい語れると言ってのけた。

 つまり、律法・規範[law]や普遍愛[love]といった理想(当為"sollen")に対して、経済的欲望・性的欲望・権力的欲望という現実(実在"sein")が優先されるのが現在という世の中である。

 それら三つの無意識的欲望を見出したのが上記三人であり、当然ながら三者の思想は、現在社会を貫徹しているわけだ。しかしこれらの欲望は、すべて相対的・関係的[relative]であり、絶対的なものではない。すなわちすべての欲望は「無」へと差し向けられている。

 あとは各自で考えてください(笑)


Ⅱ【思想コラム】06.丸山眞男 「空気」による支配

【思想コラム】06.丸山眞男 「空気」による支配


>>日本の政治史を見るとよくわかる。普通には残虐な支配はないが、いつたん権威信仰の雰囲気的なわくに入つて来ないとみると逆に非常に残虐になる。…徳川時代のキリシタンに対して、また現代の思想犯に対して、支配者がいかに残虐にふるまつたかがこのことを物語っている(日本人の政治意識/丸山眞男)<<

 丸山眞男のいう「空気」による政治は、その「権威信仰」の及ぶ範囲があいまいなので、その領域を犯すような対抗原理が具体的に侵入しようとすると、明確に切り捨てて見せしめにする必要があるわけだ。怖れられるほど残虐にしないと意味がないのだ。

 江戸時代のキリシタン弾圧や、戦前昭和の共産党や大本教団への弾圧は、これらが明確な「原理」をもった集団なので、無原理な「空気」での支配には最大の脅威になる。それで、必要以上に残酷な弾圧をすることになる。一匹のゴキブリに狂乱して叩き潰しまくるオバサンみたいなもんだな(笑)

(参考)山本七平の「空気の研究」
http://watakenn3.hatenablog.com/entry/20111010/1318221444
>>「潜在的に感じる何か」とは本来虚無の情報であるのに、その虚無の情報に集団が振り回される状況。これが「空気の支配」だ。<<

Ⅱ【思想コラム】05.カール・マルクス 「経哲草稿」より

【思想コラム】05.カール・マルクス 「経哲草稿」より


《 労働者は、労働の外部ではじめて自己のもとにあると感じ、そして労働の中では自己の外にあると感ずる。彼の労働は自発的なものではなく、強いられたもの、強制労働である。したがって、労働は欲求を満足させるものではなく、労働以外のところで欲求を満足させるための手段にすぎない。》

 日本人好みの「経哲草稿」での「労働疎外論」だ。「経哲草稿」が戦後になってから日本に紹介されて、「人間マルクス」としてインテリが飛びついた。同時期にブームになった「実存主義」と重ねて読んだのだろう。

 経哲草稿はマスクス初期の習作的なもので、マルクス自身は疎外論に深入りせず、物象化論に発展させていった。この段階ではヘーゲルの疎外論を「労働」に持ち込んだだけで、さらにそれを「転倒(唯物論化)」させる必要があったからだ。

 しかしこの疎外論は、実存主義と同様に、なぜか日本人に極めて分かりやすい。ここには「本来の自分」「本来の人間」「本来の人間労働」という思考パターンが埋め込まれているからだ。

 それは仏教での仏性の考え方、即ち「人は本来、仏である」という思考と同形なのである。

(追補)
「歴史は繰り返す。先ず悲劇として、次は茶番として。」カール・マルクス
 "History repeats itself, first as tragedy, second as farce." Karl Marx

 "farce"とは「笑劇」のことであり、茶番とも喜劇とも訳され、一方で"comedy"が主として「喜劇」と訳される。

 この有名な一節は、マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」の冒頭に出てくる。

 「ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的な事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度目は偉大な悲劇として、二度目はみじめな笑劇として」

 つまり、師でもあったヘーゲルの言葉を引き合いに出して、一回目の「悲劇」は、ヨーロッパ大陸を制覇した「ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン一世)」を指し、二度目はブリュメールのクーデターで帝位に就いた甥の「ルイ・ナポレオン(ナポレオン三世)」を指している。

 ルイの事績は、狭義の「ボナパルティズム」の語源となったように、叔父大ナポレオンの事績には比肩しようもなく、浮動勢力のバランスの隙間に咲いたアダ花のような卑小なものとされる。

「悲劇(トラジィディ)」に対する「喜劇(コメディ)」ではなく、矮小化された「お笑い種(ファルス)」として繰り返されたにすぎぬと冷笑するために言及されたものだ。

 「ファルス」は悲劇の幕間などに挿入される道化劇であって、ストリップの合間を埋めるコントみたいなもんだ。独立して演じられる「コメディ(喜劇)」とは別ジャンルの茶番劇。日本語では、この辺の伝統劇に基づくコメディという概念が無いから、曖昧に使われることが多い。

Ⅱ【思想コラム】04.坂口安吾「堕落論」からハイデッガーへ

【思想コラム】04.坂口安吾「堕落論」からハイデッガーへ


 安吾の「堕ちよ、生きよ」という言葉は、「ニヒリズムを、生き抜くことで超克せよ」という意味でもある。これは、ニーチェの「超人」とも重なる。そしてそれは、安吾の「実存への意思」でもあったと言える。

 西洋の哲学をひも解けば、まず中世では「実存(現実存在)=エクシステンティア 」は「本質=エセンシア」の対概念とされてきた。これは古代ギリシャ哲学の「質量=マテリア」と「形相=フォルム」の対立を継承している。そして、プラトンのイデア論以降、「形相/本質」が真実在として優位に扱われてきた。

 これは大雑把に言えば、神によって意味(言葉=ロゴス)を与えられたものという性格を持っているが、近代ではその「形相/本質」の哲学は「観念論」として行詰ってしまう。

 そこで「質量=実存(現実存在)」を真実在として取り上げようという哲学が起こって来て、ひとつは「唯物論=マテリアリズム」として展開された。これはマルクスによってさらに展開された。

 そしてもう一方では、「実存主義=イグジステンタリズム」として勃興してきた。これはサルトルなどに「実存は本質に先立つ」として規定された。しかし、実存に至る経路・論理的枠組みが規定されていないため、なんとなく気分的なものとされざるを得ない。これが「実存のアポリア」だ。

 サルトルが「嘔吐」など実存的小説を書き、カミュの「異邦人」などとともに、もっぱら文学的なムードの中で実存主義はブームとなった。

 サルトルもハイデッガーもフッサールの弟子として出発しており、現象学にも実存主義が流れ込み、哲学的思想的には実存は現象学によって継承されていると思われる。

 さて、坂口安吾がどれだけ実存主義や現象学を理解していたかは知らないが、彼は文学者として、生き方そのものとして実存と取り組んだとは考えることができるのではないか。

 メルロ=ポンティの「身体性の現象学」について述べた時、その構造を「映写室における映写機と映像」に例えた。これは、現象学における「超越論的主観性(=「志向的意識」)」の「意味生成機能」について述べたものであるが、そこでは「超越的真実在」というようなものは想定していない。

 「伝統芸の継承」が、「超越的真実在」を指し示するものだという考えもあるようだが、「超越論的現象学」では、そのような超越的存在が「志向的意識」に対して外在(=超越存在)しているとは考えない。「伝統芸の継承」は、より広く「美(=芸)の共有可能性」と「客観的価値の担保」を要請するが、それは必ずしも「超越的真実在」によって保障される必然性はない。

 西洋キリスト教世界では、「神=(超越的真実在)」という絶対超越者が「我々の意味世界」を吊り下げて担保する形で、それらの共有性を維持して来た。しかし日本にはそのようなものはなく、「万世一系の皇統」の継承、すなわち「天皇制」によって、それに伴う伝統文化が維持されて来た。いわば、「超越的真実在」の代行的機能を果たしてきたといえる。

 三島由紀夫などは、戦後の「民主天皇」になって、そのような「伝統継承機能」も失われたという危機感を持ち続けていた。しかし坂口安吾はまったく逆の立場で、「必要」のみが伝統を継承するとする。必要がなければ、継承されないで一向にかまわないとする。

 現象学に戻ると、「超越的真実在」による担保なしで、いかに「意味共有性」が保証され得るかという問題が残される。ここで、志向的意識の「間主観性」が主題化される。もともとが「間(あいだ)的存在」であり「繋ぐもの」であったわけで、「超越的真実在」などに頼る必要はない。

 これは「主体-客体」の思考では分かりづらいが、むしろ逆に「間主観性」のもとで「主-客」が分節されてくると考えればよい。「映写室(間主観的志向意識)」の中に、「映写機(ノエシス)」と「スクリーン(ノエマ)」が装置されていて、その構造の下で「主-客の物語」が映写されているということで、「映像(主-客構図)」の側からは、その映写システムは見えてこない。

 この問題に関して、フッサールでは、「超越論的還元」といった抽象的な概念で、「超越論的主観性(間主観性)」を見出すとされていたが、ハイデッガーになると、「実存(現実存在)」という契機から、「現存在(Da-Sein)」の本来性(=間主観性)を取り戻すというように、置き換えられる。

 安吾の「堕ちよ」とは、「実存せよ」と同じ意味であろう。伝統芸能なるものも、その「伝統」などは一旦断ち切って、「Da-Sein」に立ち戻って、その「必要(=場)」を問い直して見よ、ということではないか。

 カント的な観念論では、「神」や「物そのもの」といった「超越的真実在」によって担保されないと、「現象」は根拠無きものとなり「ニヒリズム」に陥る。それに対してハイデッガーは、現実存在(現存在)として「私たちは、私たち自身も、私の周りの世界も、そこに存在していることを知っている」という「自明性」から出発する。

 「何ものかの、何ものかへの意識」という「志向的意識」だけが、当座の手がかりになる存在者(=現存在)で、それを「映写室」に例えてみたが、その「外」は無く、「志向的意識」そのものが「世界」を構成する。 

 その「特異点」として、「ノエシス(能産)」/「ノエマ(所産)」とされる「契機」が見出される。それはあくまで、ある現象の契機であり、それ自身は存在物ではない。「ノエシス=映写機」/「ノエマ=スクリーン」と例えた。ノエシスの「意味生成機能(=能産性・映写機)」により、生成された「意味世界(=所産・映像)」がノエマとしてのスクリーンに映写される。

 その生成された意味世界の中で初めて、「主体-客体」という構図も誕生するのであって、映写機(ノエシス)やスクリーン(ノエマ)は、決して「主体や客体」ではないのである。

 主体や客体が「先験的」にあって、その間を繋ぐものとして「間的存在」があるのではなく、むしろ順序が逆で、「志向的意識」という世界が「間主観性」という性質を「既に」備えており、そのもとで「ノエシス−ノエマ」機構により、「主体-客体」という「意味世界(=映像・幻影)」が産出されてくる。

 普遍的な「意味共有性」というものは、伝統芸能を支える日本人といった、意味主体が生成された後のことで、すでに生成された「意味世界=映像」の中での話となる。「映写機=主体vsスクリーン=客体」ではなく、「主体も客体も、意味共有制」も、「間主観性」のもとでの映写システムに生み出された、「結果」としての映像の中での「物語り」であり、「主=客」的世界観は倒錯した認識である。 

 「現存在」(=「志向的意識」=「間主観性」)は、そのような「既存の意味世界」に投げ出されてある「被投性」の下にあるから、そこから「既存の意味」を剥ぎ取らねばならない(エポケー=一旦停止・中断)。そのようにして得られた「純粋意識・超越論的主観性」に立ち返って、新たな意味の生成される現場に立ち帰ることで、その価値を捉えなおそうというのが、ハイデッガーの「解釈学」である。

 ハイデッガーは「現存在から存在へ」という主題を掲げ、その契機を「実存」に見出す。実存とは「現実存在」の略語であり、これは「本質存在」に対立する概念である。「実存は本質に先立つ」と言われるように、「本質=意味世界(映像世界)」ではなく「現実の存在様態に立ち返ること(=実存)」である。ハイデッガーは、「志向的意識=間主観性」を「世界-内-存在」と読み替えて、その存在構造を解明しようとした。

 このように考えてくると、《新しい形の「間主観性」や「主体」「客体」を創造する》というのは無意味になってくる。「新しい間主観性」などがあるのではなく、すでにある「間主観性」が、「主体-客体」などという迷妄の意味世界で隠されているに過ぎないのだ。

 「現象学」も、広い意味では「観念論」だ。しかし従来の観念論は、「間主観性」のもとで生成された「意味世界=主体客体世界」の幻影映像の上であれこれ考える「狭義の観念論」であり、それを批判検証し、より客観的な基盤に立とうとするものである。それがニヒリズムに見えるのは、神のような超越存在を前提にした「狭義の観念論」の立場で考えているからに過ぎない。

Ⅱ【思想コラム】03.『知覚の現象学』メルロ゠ポンティ

【思想コラム】03.『知覚の現象学』メルロ゠ポンティ


《身体は、必然的に「ここ」にあるのと同様、必然的に「今」実存している。それは決して「過去」となることはできない》

 近代観念論の「主体-客体」という構図から脱却するために、いまだ主客未分化の「志向的意識」に着目した「現象学」が、フッサールによって展開された。その弟子のハイデッガー、サルトル、メルロ゠ポンティらによって、それぞれ個性的な方向に展開されたが、なかでもメルロ゠ポンティは「身体性」に着目した。

 志向的意識といっても、そのままでは抽象的でしかなく、その位置する「場」として、メルロ゠ポンティは「身体性の延長」ということに求めた。例えば、手を伸ばして指さした、その先に相手がいる。その間をつないでいるものが「身体性による志向意識」というわけだ。その意識の下で「自と他」が分節されるに過ぎず、実在するのは「現象する意識」の方だということだ。

 この現象学的な身体性は「いま」「ここ」でしかあり得ない。過去や未来の自分などと言うのは、観念論的な主客構図のもとで「思考」された観念に過ぎない。「いま・ここ」で示されるものこそ「実存」であり、ここで実存主義とも繋がる。


 このような「志向的身体性意識」の下においては、「精神」や「肉体」も、その意識のもとでの一つの「現象」に過ぎず、それ自体、実在ではない。となれば、「肉体か精神か」という問題構成も発生しない。どちらを重視するかというのは、もはや意味をなさないということになる。

 《意識している自分を、それ以上の自意識で観察している自己が存在する》

 ここに見られるような、「意識している自分」を客体として「観察している自己」という主体が存在する、という考え方は「主体-客体」の観念論的構図であるが、そうすると、さらにその観察する自己(主体)を観察している「さらにもう一つの主体」が存在しなければならない。

 となると、さらに「それを観察している主体」が居るはずだとなって、「神」でも持ってこないかぎり、このような「主体の無限退行」が起きる。つまり、そのような「主体」を保証するものは何もない、というニヒリズムに陥るしかない。

 このような近代哲学の「主-客構造」の根本矛盾を回避するために、それらすべての枠組みを取りはらったところに、無規定に純粋に存在する「志向的意識」を見出し、それを基本において、逆にそちらから、これまでの「主-客」と思われていたものを捉え直そうという試みが、現象学の根本スタンスである。

 つまり「志向的意識」とは、「(自己というような)何者かの意識」(主体意識)ではなく、「(志向する)何物かへの意識」(対象意識)なのである。つまり「自己」もまた、志向された対象の一つであって、主体でも何でもない。

 したがって、誤解されやすい従来の「主体-客体」という用語は使わずに、現象学では「ノエシス(考える作用)/ノエマ(考えられたもの)」という「契機」として捉えなおす。「志向的意識」の両極に「ノエシス」と「ノエマ」という契機(=作用)があると考えると、何となくわかるのではないか。

 ノエシス(考える作用)の知覚作用を契機として、その対象として知覚・構築されたもの、つまり「考えられたもの」がノエマであるとされる。そのような作用の結果として認識されるものが「主体-客体」という構図であり、それは作用の「結果」でしかない。そこでは、「主体を見るもう一つの主体」という無限退行の矛盾は消失する。

 近代人の我々は、無意識の内に「主体-客体」構図の下で考えてしまいがちだ。現象学とは、それらの枠組みを一旦捨てて(フッサールはそれを「エポケー ”休止”」と呼ぶ)、意味付けられる前の世界から捉え直そうというものであって、思考スタイルの根本的な変革を必要とする。

 さらにメルロポンティは、そのような志向的意識の作動する「場」を、「身体性」として捉え直した。この身体性は、決して「自己の身体=主体」/「他人の身体=客体」というように分けられるものではなく、むしろ身体性意識の志向性のもとで、自己の身体や他人の身体といったものが分節されてくるに過ぎない。

 「超越的」(独:Transzendent、英:transcendent) と「超越論的」(独:Transzendental、英:transcendental)という二つの術語は、まったく別物として区別して使われる。

 「超越論的」という用語はカントが使いだした。まず「超越的」ということでは、神のような「超越」存在は、我々のような内在的存在には不可知なものとされ、そのような超越存在は、内在的な既存意味体系から「類推」するしかなく、それは独断と偏見に満ちたものとならざるを得ない。
 
 そこでカントは、「理性自体の批判」を通じて、「人間の理性的認識は、どこまで可能か」「人間の理性は、経験を超えた先験的な超越的真実在と、どのように関わり得るのか」についての、境界策定を行おうとした。つまり「超越的」なものに対する関与の余地を、適正な形で策定しようとした。これがカントの「批判哲学」であり、「超越論哲学」である。

 カントにとって「超越論的」とは、「如何にして我々は”超越的”なものへの認識が可能であるのかを問う」ことであり、超越論哲学はまさにこうした根拠を問う哲学であると言っている。

 大雑把に言うと、「超越的」とは、外在する超越者について直接語ることであり、「超越論的」とは、あくまで内在しながら「超越者の痕跡」を吟味する立場と言えよう。フッサールの「現象学」では、かなり違う意味で「超越論的」という術語が使われるが、上記の範囲では共通していると思われる。

 問題は、「超越論的」に探索する方法を、如何に確保するかである。それは、カントでは「批判的方法」であり、フッサールでは「超越論的主観性に基づく超越論的還元」であった。

 その弟子たちはさらに発展させ、ハイデッガーは「世界-内-存在の解釈学的方法」を提示し、そして、メルロポンティは「身体性に直接問う」という方法を取ったと言える。

 なお、「志向的意識」における「ノエシス/ノエマ機構」を、「主体-客体の構図」で捉えてはならない。例えれば、ノエシスが映写機、ノエマはスクリーンに投影された映像、指向的意識は、それらを暗幕で囲った映写室全体とすれば分かりやすいかも知れない。あくまで映写室のスクリーンに「私とあなた(主ー客)」が投影されているに過ぎないのである。

(追補)
メルロ・ポンティ『知覚の現象学』断章より

《「語る」という現象において、話し手は語るに先立って考えるのではない。話す間に考えるのですら無い。語るということが考えることなのである。》

 現象学的思考の分かりやすい例である。先に「考えたこと」が有るのではなく「語ること」で、その内容が「存在」する。

 目の前にリンゴが客観的に存在するのではなく、「見る」という知覚が発生した瞬間に、リンゴが存在する。これが「志向的意識」の作用であり、「間主観性」という先見的能力の仕業である。

 文章を書き慣れていない人は、書く前に考えをまとめようとする。しかしそれは、夢の世界を描こうとするようなもので、いくら考えても形を結ばない。「書くこと」により「考え」が成立するのであり、「描く」ことで「夢の内容」が実在する。その逆の順序と思えるのは、知覚作用における倒錯である。

 これらのことは現象学だけでなく、ポストモダンとか現代思想と呼ばれる世界では常識であり、「歴史的倒錯」ってやつだ。たとえば、我々は遠近図法で描かれるような「客観的視点」で事物を眺めてると思われているが、これは「遠近透視図法」が発明されてから、そのように「見る」ようになったに過ぎない。

 北斎の春画など、絶対に遠近図法で表現できない(笑) 遠近法が客観だと思い込んでいた西欧人が、浮世絵に驚愕したのは、遠近図法なき描画法だったのだ。

Ⅱ【思想コラム】02.西部邁が死ぬまで許せなかった「大衆社会の病理」

【思想コラム】02.西部邁が死ぬまで許せなかった「大衆社会の病理」


 このようなタイトルで、東大での元同僚だった舛添要一が、西部邁への追悼記事を書いている。これは西部へのレクイエムとしては、適切なものだと思える。かつて、通り魔殺人事件などが頻発したことを受けて、新聞コラムで「大衆とは、もとより危険なものだ」と喝破した時の西部は、確かに切れ味鋭かった。 https://www.iza.ne.jp/article/20180429-UIRAT73AYBMFLK47NTCYWRMFKM/

 西部のすぐれた点は、ここで舛添要一の指摘する通りだと思われる。その「大衆社会の病理」への舌鋒鋭い批評は、ポピュリズム、ひいては民主主義批判にまで及んだ。より広く言えば、モダニズム批判である。

 それへの対抗軸を、西部は「個人の高潔」に求めたのだろう。保守主義的「伝統」と言っても、その起源をたどればあやふやなものでしかない。結局は、その伝統を維持しようとする個人の高潔に回帰するよりない。およそ、オバカ大衆が伝統を維持するわけがないのである。

 しかしながら、社会的基盤を持たない「高潔な個人」は、「自立した大衆」というフィクションに拠って立つ民主主義・ポピュリズムには勝てない。古くはプラトンの「哲人政治」と同様に、衆愚的独裁に席巻されざるを得ないのであって、その近代版がファシズムでありヒトラー・ナチスであった。

 個人の高潔を維持して東大教授を辞職、その後、朝生テレビの論客などで活躍したが、薄汚い酒飲みオヤジがうだうだクダまいてる図、を演じさせられた感が強い。最後に、その帳尻を合わせる自殺、という舛添氏の指摘は正しいのだろう。その舛添要一自身が、東京都知事として、公費で家族旅行や趣味の墨書用中国服購入など、「せこい個人主義」で、オバカ大衆の反乱を受けて辞任するという、オマケ付きであったが(笑)

 ニーチェが、オバカ大衆を扇動するキリスト教への対抗軸に立てたのが、古代ギリシャの「高潔な市民」だったが、そんなものは今や、有りもしない。西部も、それぐらいは分かっていただろうが、それしか無かったわけだ。そして、ニーチェはヒトラー・ナチスに見事に利用され、西部は朝生テレビなどバラエティでトリックスターを演じることになった。

 西部、舛添ともに、東大教授・助教授というバックボーンのもとにあった時には、舌鋒鋭かった。それが、背景がなくなると、ただの酒飲みぐだぐだオヤジやせこすぎる個人主義都知事とかになってしまう、この皮肉は何んだろうか。結局、彼らが頼みにした「伝統」とは、実は、この程度の薄っぺらい「権威付け装置」に過ぎなかったのではないか。

 西部邁は東大の学生時代、結成されたばかりの「共産主義者同盟(ブント)」に加盟し、60年安保闘争では全学連の中央執行委員を務め、新左翼のリーダーとして反対運動の先頭に立った。しかし左翼活動と決別すると、東京大学大学院に進み経済学を専攻、理論的に社会を見る目を養った。

 その後渡米しカリフォルニア大学バークレー校、さらに英国でケンブリッジ大学で学び帰国すると、保守の論客として高度大衆社会、アメリカニズムを批判し、西欧流保守思想を擁護した。東大教授となり、社会問題に対して保守の立場から盛んに発言しだすと、世間はこれを転向、変節と評したが、西部はそれについて長く反論、弁明をすることはなかった。

 西部自身、当時は若気のいたりで血気盛んに活動したが、ロクに資本論も読んでいないなまくら学生だったというような述懐をしている。1986(s61)年に著者がはじめて当時の闘争を振り返ったものが、彼の死後に「六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー」として出版されたが、そこでは当時盟友として共に戦った人物たちの内面の葛藤に踏み込み、若者としての焦燥感、虚無感などを懐かしく語っている。

 「知の誠実とは何か」を問う西部の生きざまに際して、チャーチルの言葉として伝えられる次の言葉を添えておく。「二十歳までに共産主義にかぶれない者は情熱が足りないが、二十歳を過ぎて共産主義にかぶれている者は知能が足りない」

Ⅱ【思想コラム】01.サルトルとボーヴォワール来日

【思想コラム】01.サルトルとボーヴォワール来日


 1966年9月、サルトルとボーヴォワールが来日した。この時期、戦後の実存主義ブームも下火になり、構造主義からの批判にもさらされていたサルトルは、「アンガージュマン」(政治・社会 積極参加)を唱えて左傾化していた。しかし来日時には、そういう事情にうとい日本のインテリ層には大歓迎された。

 同伴者として来日したボーヴォワールは、代表作『第二の性』で「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と宣言し、昨今のジェンダー論の先駆ともされる。サルトルとは「契約結婚」という前衛的な関係を結んだが、その後もサルトルの死までの50年間「同伴者」として歩むことになる。

 若きサルトルはサン=ジェルマン=デ=プレのカフェで、ボーヴォワールに「このコップ一杯の水からも哲学ができるんだよ」といって、彼女のナンパに成功したという話が、私の頭の中にでき上っている。実質、サルトルはボーヴォワールを「都合のよい愛人」として扱っていたのではないかという疑念がある。そしてボーヴォワールも、思想的にはフェミニズムの旗手であるにも関わらず、サルトルには「女」として従っていたのではないかと思われる。