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Ⅸ【歴史コラム】05.【ファティマの聖母】

【歴史コラム】05.【ファティマの聖母】


 フランシスコ法王が、「ファティマの聖母」百年目の記念日に際して、ポルトガルのファティマを訪れたという。1917年5月13日、ポルトガルの小さな町ファティマで、三人の子供の前に聖母マリアが出現した。その後も数回、聖母は姿を現し、子供たちに三つの予言を託した。また、多くの群衆が、不思議な自然現象を目撃したとされている。その日は「ファティマの記念日」とされている。

 託された予言には、第一次大戦の終焉と、その後の第二次大戦の勃発を、予想したと考えられるものが含まれていた。しかし第三の予言は法王庁によって、長年伏せられたままとなった。教皇庁は2000年に発表を先送りにしてきたファティマ第三のメッセージを正式に発表した。「第三の予言は、1981年に起きたヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件を予言したものだった」と解釈された。

 しかし、二つの大戦の予言に比べると、法王暗殺未遂だけでは規模矮小とされ、もっと大きな予言が隠されているのではないかと想像された。ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件の直前、1978年に就任した先代ヨハネ・パウロ1世は、その就任一ヶ月で変死した事件があり、暗殺説が根強く残っている。そのカモフラージュのために、第三予言を暗殺未遂事件に当てはめたと疑われてもおかしくない。

 映画『ゴッドファーザーPARTⅢ』(1990年)では、前二作とは変わって、バチカンにおける大スキャンダルを舞台に展開された。ヨハネ・パウロ1世が、就任一カ月で変死した事件をめぐって、イタリア現職首相から、マフィア、フリーメイソン、実業界、金融界、政界、極左テロリスト、そして法王庁聖職者と、イタリアの中枢がすべて絡んだ陰謀事件が展開される。これはある意味、イタリアのすごさでもあるか(笑)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=208&v=-bRwVgloZ74&feature=emb_logo

 教皇ヨハネ・パウロ2世は、死去による退位直前、2005年の著作において、ファティマのメッセージの解釈を示し、1981年の自身を的にした教皇暗殺未遂事件であったと規定している。そして、背後には暴力的なイデオロギーに属する組織があったと述べ、遺言では、それにも関わらず、核戦争なしに冷戦が終結したことを神の摂理として感謝している。

 しかし、バチカンの改革を意図していたというヨハネ・パウロ1世変死直後に、代って就任したヨハネ・パウロ2世は、非イタリア系でポーランド出身であり、内情に疎い性もあって、バチカン改革には冷淡だったという。四半世紀にわたる在位期間中、世界中を訪問して世界平和に寄与した功績は高く評価されるが、改革には保守的で、バチカンの旧弊は温存されたという。いずれにせよ、ヨハネ・パウロ2世にとって、1世の死は触れたくない歴史であったかもしれない。

 さて今日、第三の予言の全貌は、今だバチカンによって秘匿されたままだとされるが、その一部が漏れ伝わっており、「大西洋・太平洋が火の海となって大陸に襲いかかり、一瞬のうちに何百万単位で人々が滅びる」というものだとされる。そこで、百年目の本日(2017.5.13)、北朝鮮が原爆を太平洋で爆発させるのではないかという、怪しげな噂が流れている。あと数時間たてば日付が変わり、そのデマが判明するはずだが(笑)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9E%E3%81%AE%E8%81%96%E6%AF%8D

Ⅸ【歴史コラム】04.【エジソンVSテスラ】

【歴史コラム】04.【エジソンVSテスラ】


*NHK-BS ドキュメンタリー「電流戦争! エジソンVSテスラ」が放送された。

 発明王として名高いトーマス・エジソンと、磁束密度単位にその名を残すニコラ・テスラの、直流or交流での電力事業をめぐる争いのドラマ。共に発明家として名をなしているが、その人と成りはかなり特異な性格として記録されている。
https://owners.nichicon.co.jp/column/2021_08

 発明王エジソンは、生涯1,300もの発明と技術革新を為しとげ、その特許料収入に基づいて、事業家としての側面も持つ。事業家としては、強欲とも思える独占欲を発揮し、また自身の考えに固執する独裁的な経営者としての顔を見せた。

 一方、テスラはオーストリア出身のセルビア人で、電気技師としてアメリカに渡り、エジソンの経営するエジソン電灯に採用された。ここで、電機事業展開を直流にするか交流にするかで、エジソンと対立して退社する。

 テスラは、大学在学中にすでに、交流発電機と交流モーターの原理を考案していた。当時は、発電した電流をいちいち整流器で直流に変換して利用するという、きわめて変換ロスの大きい方式であり、エジソンは自らの推進する直流方式に拘り続けた。

 J・Pモルガンの支援を受けた "Edison General Electric"社(のちのGE)のエジソンと、J・ウェスティングハウスの支援下 "Westinghouse Electric"社(WE)でのテスラは、熾烈な直流/交流戦争を繰り広げる。

 エジソンは、テスラに対して、幾つかの汚い手を使ったともされる。エジソンの会社に籍を置いたテスラに対して、エジソン流に直流用に設計された工場システムを、交流電源で動かすことができたなら、褒賞5万ドルを払うと提案したが、テスラがこれを成功させると、エジソンは褒賞の件を「冗談」で済ませた。それがテスラの退社理由となった。

 また、テスラが提示する交流送配電システムが優勢な状況となると、エジソンは、当時試行中の死刑執行装置の電気椅子に交流電源を使うことを提案し、交流を「殺人電流」としてのイメージを広めようとした。

 両者が発明家・電気技術者としてのプライドをかけた「電流戦争」は、結果的には、テスラの推進した交流の優位性が示され、現在の送配電システムでは、世界的に交流が主流となっている。

 電流戦争に勝利したテスラも、数々の強迫観念に囚われ、異常な潔癖症で知られるなど、精神的にはアブナイ人だったようだ。晩年には、自身が開発した無線通信装置で霊界との交信を試みるなど、オカルティックな世界にはまりつつあったという。

 実はエジソンも晩年、霊界との通信装置の開発を試みたというし、古くはあのニュートンもオカルティストでもあったそうだ。何だろうね、この手の天才ってのは(笑)

 発明王トーマス・エジソンの名声に隠れた形になっていたニコラ・テスラだが、近年のイーロン・マスクによるEV車の「テスラ社」によって、一躍その名前が復活することになる。テスラが主張した交流電流の優越性は、電磁気によるモーターによってもっともその優越性を発揮するが、EV車はまさにそのモーター動力による利便性が優越する世界なのであるから。

Ⅸ【歴史コラム】03.【映画『レディ・エージェント』(2008/仏)とド・ゴール将軍】

 【歴史コラム】03.【映画『レディ・エージェント』(2008/仏)とド・ゴール将軍】


『レディ・エージェント』"Les femmes de l'ombre" (2008/仏)
http://mash1966.hatenadiary.com/entry/20090807/p1

 Dデイ決行前夜、作戦の秘密を守るために、独占領下の仏本土に極秘ミッションで派遣される5人の女性エージェント。 女スパイ物というとキワモノのようだが、史実をなぞって、それなりにリアルなスパイサスペンス。

*歴史トリビア
 亡命政府・自由フランスを率いフランス再建の英雄となったシャルル・ド・ゴール、その生涯で遭遇した暗殺未遂事件は31件にのぼるとか。映画『レディ・エージェント』の背景を調べていて知った。

映画「ジャッカルの日」

 そのドゴール、ドイツに侵攻されるとともにさっさと英国に亡命し、英米軍の後押しでやっとこさフランス奪回。戦後は、独自に核開発など、傲岸不遜な独裁的政権運営をした人物といったイメージを持っていたが、ちょいと調べてみて、見直した。

 良くも悪くも我が道を行くという人物なので、チャーチルみたいな面白い語録が残ってるかと思ったが、意外に平凡なドゴール語録。

 ちなみにチャーチル語録はこちら。
https://meigen-hibiki.net/winston-churchill/

 チャーチルによるドゴール評
>「将軍は自分をジャンヌ・ダルクか、あるいはナポレオンかと思っている。だが誰も彼を火炙りにすることも、島流しにすることもできない」(フランクリン・ルーズヴェルトにシャルル・ド・ゴールの排除を持ちかけられたとき)

Ⅸ【歴史コラム】02.【さわやか中岡慎太郎写真の謎】

【歴史コラム】02.【さわやか中岡慎太郎写真の謎】


 近江屋事件で坂本龍馬とともに斬殺された中岡慎太郎。当時は龍馬より中岡の方が名が売れていたらしく、彼を知る人たちの評価もかなり高いものがある。龍馬の巻き添えを食った形だが、実際は中岡を追跡していたところ、たまたま龍馬の隠れ家に遭遇したという説もある。

 写真1は、当時ではめずらしく爽やか笑顔の好青年に写っている。この時期のカメラでは1分ぐらいの露出が必要だったので、笑顔を維持するのは難しく、写真2のようなしかつめらしい表情になったようだ。

 ところが実は、さわやか慎太郎青年の写真は左側が黒く塗りつぶされている。女性の腕もちらりとのぞいており、芸者さんかだれかに寄りかかられてにやけている顔だという。一説では、お尻をなでて喜んでいるところだともいわれる。

 中岡自身が塗りつぶしたのか、隣りの女性が自分を塗りつぶしたのか、はたまた彼の死後、彼の名誉のためにと誰かがこのようにしたのか。このような歴史の隙間をかってに想像してみるのも、歴史ファンの楽しみかもしれぬ。

Ⅸ【歴史コラム】01.【幕末・維新という歴史をながめる】

【歴史コラム】01.【幕末・維新という歴史をながめる】


 幕末・維新の歴史の流れは、たった一日で豹変したりして、何度調べても解りづらい。歴史教科書などでは事実中心に叙述されるので、やたら事件の記憶に追われて一貫した流れとして把握しにくい。NHK大河ドラマなどでは、人物中心に物語を展開するので、比較的なじみやすいが、その人物の幼少期や晩年などは、歴史的な役割とは無関係に思えたりする。

 その道を専門にしているわけでないので、一向に差しさわりはなかったが、何か隔靴掻痒の感をずっと引きずっていた。先日、青木亮という人の次の記述を見て、長年の疑問が氷解した。曰く、

 「ペリー来航から明治初年までを幕末革命劇とみれば、これを幾つかの幕に分けることができ、それぞれ主役は違う。従ってたった一人を通じて時代全体の動きを理解するのがむずかしいからではないだろうか。」
http://agora-web.jp/archives/1659360.html

 そして、その区分は次の如くで、多少の異同はあるだろうが、おおむね納得できる。

》第一幕 ペリー来航から阿部正弘の死まで(ペリー来航騒動)       
ペリー、阿部正弘 水戸斉昭

》第二幕 井伊直弼の大老就任から桜田門外の変まで(安政の大獄)
井伊直弼、水戸斉昭、吉田松陰

》第三幕 桜田門外の変から蛤御門の変まで(長州の攘夷テロ)  
西郷隆盛、桂小五郎、久坂玄瑞

》第四幕 蛤御門の変から薩長連合まで(薩長連合と討幕)
西郷隆盛、桂小五郎、高杉晋作、坂本龍馬

》第五幕 薩長連合から江戸開城まで(大政奉還と江戸開城)
パークス、徳川慶喜、勝麟太郎、岩倉具視、西郷隆盛、大久保利通、大村益次郎

 こうやって眺めると、一人の人物の働きで幕末を理解しようとするのが、どだい無理なのがよく解る。その中でも、薩長連合まで、比較的すべての流れに関知しているのは、坂本龍馬だと思われる。そういう意味で、司馬遼太郎の龍馬観が、龍馬を幕末のヒーローに一躍踊り出させたのも無理はない。

 私は龍馬を、司馬ほどに持ち上げては考えない。以前に、「龍馬は薩摩・長州・幕府・英国(グラバー商会)などの四重スパイだった」などとザレ事を書いてみたりした。実際には、利害・イデオロギーがバラバラに対立するこれらの勢力の、すべてに窓口を持ちえた稀有なブローカー的人物であったのではないかと考える。

 その龍馬が暗殺され、大政奉還、戊辰戦争を経て明治維新となるのだが、その流れを結びつける人物となると、これまた見つけづらい。西郷、大久保、木戸などの名を挙げてみても、彼らで幕末・維新を連ねて俯瞰できるわけではないのである。

 NHK大河、現行の『花燃ゆ』は視聴率で苦戦しているようだが、私は楽しんで観ている。一昨年の『八重の桜』もそうだが、女性視聴者ねらいで女性を主人公にもってきたからといって、女性が歴史物語にハマってくれるわけではない。「歴女」ブームだとか言っても、あれは土方歳三だとか坂本龍馬とか男性ヒーローのファンクラブみたいなもんではないか。

 むしろ注目したのは、幕末・維新という反転につぐ反転の時代を、しぶとく生きてつなげた女性をヒロインとして持って来たとこである。『八重の桜』の八重も、『花燃ゆ』の文(美和)も、幕府方の会津藩と倒幕の急先鋒長州藩と相反する立場に育ったが、幕末から維新にかけて、それぞれの時期に見合った伴侶を得て二つの時代をつないだ生活人として生きる。

 『花燃ゆ』の文を例にとると、兄の吉田松陰を慕って育ち、久坂玄瑞を最初の夫とし、その盟友 高杉晋作に励まされ、彼らの亡きあと、小田村伊之助(楫取素彦)と再婚し、群馬県令の妻として明治維新の世の中につながる。しかも、三人の女性脚本家が輪番で書いているというから、上記のすべての「幕」の局面を網羅して、それこそ「企まざる多角的視点」から描けるわけだ(笑)

Ⅷ【生活文化コラム】13.【西陣と織物産業】

【生活文化コラム】13.【西陣と織物産業】


 半世紀も前になるが、経済学部の専門課程の学生となって、振り分けられた卒論ゼミの指導教官の専攻は日本経済史だった。それは、通常の歴史経済史的研究ではなく、計量的な分析を加えて経済事象を解析する手法であった。

 私の育った西陣の織物業は、あらためて経済学的に眺めてみると、この近代化された日本の経済において、いまだ江戸時代以来の「問屋制家内工業」を続けている、なんともおかしな業界であった。京都は百年以上続く老舗が数多く存在し、その特殊な経済社会が注目されているところなので、私も西陣の問屋制家内工業の経済的な構造を解明してやろう考えた。

 しかし、思い付きで威勢よく取り組んでみたが、なにしろそのような分析をした先行研究がほとんどなく、資料データも皆無に近い状況で、結局はあっさりと断念した(笑)

 あらためて「西陣織会館」のwebを眺めてみると、次のような記述に出くわした。

《「西陣産地は社会的分業が発達したところ」
 製織段階にいたるまでには数多くの準備工程が必要である。西陣産地では、これらの工程が製織段階での出機のように、すべて分業で行われている。従って、図案家、意匠紋紙業、撚糸業、糸染業、整経業、綜絖業、整理加工業などの業者が独立して企業を営んでいる。これらの業者は、いわゆる西陣の地域で織屋と混然一体となって存在し、それぞれの仕事を分担している。(約200企業、600人) このように西陣産地は、社会的分業が高度に発展したところである。》

 たしかに、子供心に見ていても、まわりには西陣織に関わる様々な人がいっぱいいた。たとえば、図案から織物ができるようにプログラミングする工程だけとっても、「図案家」「紋匠師」「紋掘り」に分かれて、「図案家」が描いた絵を、「紋匠師(紋意匠図師)」が細かなマス目のドットデータに分割し、「紋彫り屋」がそのデータを、「紋紙」という厚紙のパンチカードに穴をあけて書きこむ。

 その紋紙をタコ糸で連ねたものを、ジャカードという機屋(はたや)上にある機械に掛けると、プログラミング通りに経(たて)糸が上下して、そこに色とりどりの緯(よこ)糸がくぐることによって、あざやかな西陣織の柄が織り込まれてゆく。(この工程は、今は磁気デジタルデータ化されてコンピュータ処理される)

 織元(親方/問屋にあたる)が、この図案を紋紙の工程まで仕上げさせ、経糸と緯糸を手当てし、賃機(ちんばた)織屋に織り上げさせる。そして、その出来上がった帯の営業販売までを取り仕切る。この織元が西陣業界の唯一の資本家で、好況の時は雨後の筍の様に生まれ、不況になるとバタバタと倒れてゆく。そういう形で、自然な生産調整がなされるわけだ。

 まず、原材料の経糸と緯糸を指定された色に染めあげる「染め屋」があるし、経糸には機屋に掛けてセッティングできるように「整経」という工程があり「整経師」が担当する。緯糸は「糸繰り」から「糸巻き」という工程で、「飛び杼(ひ)」に装着できる「管(くだ)」に巻く作業があり、これらはパートのおばさんや家庭内の年寄りのお婆さんなどの仕事である。

 ほかにも、一反風呂敷に帯を背負って、全国に売り歩く「仲買」とか、無数に関わる人たちがいる。これらの西陣織に関わる人たちは、マルクスが言う「労働力の再生産費」、つまり彼ら労働者とその家族が生きていける最低限の収入が得られる仕組みになっている。かといって、資本家である織元が搾取して大儲けしているわけでもない。織元も零細のいち個人事業主に過ぎず、自分たちの暮しに相応な収入がある程度である。

 きわめて小資本で織元になれるし、そのかわり少し景況が悪化するとすぐに倒産する。そういう環境なので、織元も一定以上に商売を広げると、あっという間に倒産する憂き目にあう。京都の多くの老舗が長年生き延びているのは、業務の拡大を第一目標にしていないからだと思われる。

 西陣が問屋制家内工業を続けて、資本主義の公式通りの工場制機械工業に移行しないのも、このような事情に基づいていると思われる。そして、業界規模の数倍もの人が西陣で就業して、西陣が「高度に発展した社会的分業」と言われるのは、昨今の状況に置き換えると、デフレで失業対策とされる「ワークシェアリング」を、歴史的知恵のもとで無意識に実現して来たのではないだろうか。

(追補)
『「着物業界」が衰退したのはなぜか? 「伝統と書いてボッタクリと読む」世界』

《 アトキンソン氏は、日本の職人文化を蘇らせるため、「品質の高いものを今よりも安く、正当な価格で提供をすることで、回転率を上げる」ことを目指していくべきだといっている。》

 一般的に常用される産業生産物と、冠婚葬祭などの儀式でまれにしか使用されず単なるステータスシンボル化したものや、外国人観光お客が記念の土産物に買って帰るものを、同じテーブル上で論じるから、こういうスカタンな論になる(笑)

 高品質低価格で世界を席巻した自動車や家電産業のかつての成功体験を、もはや天然記念物化している伝統産業に適用しても仕方ないだろう。

 この提言のもとになっているデービッド・アトキンソンは、日本の国宝や重要文化財などを補修している小西美術工藝社の経営に携わり、経営の近代化と建て直しに成功して名声を得たが、この業界は国の文化財政や公的文化機関による需要に依存している特殊業界であって、民間需要にしか期待できない和装業界に当てはまるはずもない。

 外国人観光客のニーズに期待してるようだが、そんなもんは清水坂の土産物店の売り上げ額にも及ばない。しかもそのような観光土産物品は、東北など過疎地域や中国東南アジアで作っているものがほとんど(和装品も同様)で、京都の財政には一切寄与しないので、京都市財政が破綻しかけてるのだ(笑)

 かつて、外国からの外人オバサン連をつれて祇園をぶらついたことがあったが、土産に着物が欲しいと言うので、近くの喫茶店のマスターに聞いたら、そんなもん特注で数百万ほどするので、店で売ってるもんはおまへん、観光客用の浴衣とかなら新京極か寺町あたりに、土産物用の化繊で数千円で売ってるかも知れまへん、と言われたわい(笑)

Ⅷ【生活文化コラム】12.【駅ピアノ】

【生活文化コラム】12.【駅ピアノ】


 枝豆で一杯やりながら、NHK-BSで深夜にやってる「駅ピアノ」という番組を見てる。今夜はチェコ・プラハの駅。いろんな人が、勝手にピアノを弾くのだが、その街での生活の匂いが感じられて、なかなか楽しい。
https://www.youtube.com/watch?v=Nv5OdQ8ynzc

 特に、旧東欧の共産圏だった街とかのが良い。浮浪者のような年寄りが弾き出して、共産圏の時代には教師をしていたとかだったりする。そういうのを見るだけで、その街の歴史まで感じさせてしまう。
 https://www.youtube.com/watch?v=TiuXHdbQEJI

 日本でも品川駅などにピアノが置かれ出したらしいが、日本では馴染まない気がする。やはりピアノや音楽が、そこの庶民の生活に浸透している文化でないと、取ってつけたような気分になってしまう。
 https://www.youtube.com/watch?v=UA452EC9Zgk

 これはフランスのどこかの駅らしい。
https://www.youtube.com/watch?v=HetA4oLaA-o