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Ⅶ【サブカル関連コラム】16.【つげ義春の訃報】

Ⅶ【サブカル関連コラム】16.【つげ義春の訃報】


 つげ義春の訃報が伝えられた。 「ねじ式」「沼」「 紅い花」など芸術性の高い前衛漫画で知られ、国際的にも高く評価されていた「つげ義春」が、2026年3月3日、 誤嚥性肺炎のため88歳で死去したという。

 つげ 義春は1937(s12)年生まれで、18歳で「貸本雑誌」でデビューしたが、その後1967年に月刊漫画雑誌「ガロ」で「ねじ式」を発表、多くの読者・文化人に衝撃を与えた。私自身は「ガロ」のさほど熱心な読者ではなかったが、その評判は気になっていた。

 1960年前後は、「少年サンデー」「少年マガジン」といった少年向け週刊誌が発刊され、漫画誌の移行期であり、少年向けの漫画家が多く誕生した。一方で、テレビの誕生で紙芝居が廃れて、紙芝居画家の多くは「貸本漫画」に移行していて、「影」「街」などホラーやサスペンスの「劇画」が隆盛しつつあった。
 「ガロ」は1964年、貸本漫画の編集者 長井勝一と漫画家 白土三平により発刊された。白土のスケールの大きな作品「カムイ伝」を連載するのが、創刊の最大の目的だったが、同時に、活躍の場を失いつつあった貸本漫画家への媒体提供と、新人発掘のためという側面もあった。

 「ガロ」は、先見性と独自性で一時代を画し、それまで無かった個性的な漫画家たちが集い、それらの作風は「ガロ系」と呼ばれた。それまでの少年漫画と異なり、より高い年齢層の青少年に読まれて、新しい「青年漫画雑誌」というジャンルを切り開いた。

 当初の「ガロ」は、白土の「カムイ伝」と水木の「鬼太郎夜話」の2本柱で展開されたが、そこにつげ義春が登場すると、その幻想性、叙情性の強い哲学的作風により、さらに「ガロ」の世界を拡大した。

 つげ義春の漫画は、商業的な娯楽漫画とは一線を画し、暗い叙情、ユーモア、不安、疎外感を静かに描き、全共闘世代などにもガロは熱狂的に支持された。漫画史に画期をなし、寡作ながら作品の芸術性は国内外で高く評価されている。映画化や全集刊行も多数あり、近年は欧米での翻訳・再評価も進んでいるという。


つげ義春 代表作
『ねじ式』(1968年):夢のような超現実世界を舞台にした前衛的な短編。迷路のような不条理な物語で、漫画表現の革新として衝撃を与え、「つげブーム」を巻き起こした。シュルレアリスム的と評されることが多い。

『紅い花』(1967年):少女が大人になる瞬間を叙情的に描いた作品。夏の日の情感が美しい。

『沼』『李さん一家』『ゲンセンカン主人』『もっきり屋の少女』など:うらぶれた温泉や漁師町を舞台に、暗い情念や日常の不条理を織り交ぜた短編群。

『無能の人』(1980年代):主人公の「無能さ」や貧困・挫折を淡々と描いた私小説風連作。


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