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XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】06.高度経済成長と大衆文化

XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】06.高度経済成長と大衆文化


 1955年にGDPが戦前水準を越えると、翌年の経済白書で「もはや戦後ではない」と宣言した。60年安保が終わり池田内閣が始まると、所得倍増計画を発表し、政治から経済の季節へと移った。以降、10年以上に渡った高度経済成長期には、生活水準の飛躍的向上に伴い、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの「三種の神器」が普及し、大量消費社会が到来した。

 1960年代後半には、新三種の神機(3C)と呼ばれたカラーテレビ・クーラー・自動車が急速に普及し、家事の省力化と、家庭内で娯楽を楽しむ生活様式が定着した。所得が倍増し、9割の国民が中流意識を持つようになり、「一億総中流」社会が形成された。このように、経済的な豊かさが、文化の主役を「特別なもの」から「誰もが享受できるもの」へと変貌させた。

 大衆文化の広がりには、家庭の中心に据えられたテレビの影響が圧倒的だった。TVによるドラマ、アニメ、バラエティが、全国共通の話題になり、学校でも生徒の間の話題はもっぱらテレビ番組で、観ていないと話題についていけなくなるほどだった。

「ALWAYS 三丁目の夕日」

 若者が大衆文化の前線に登場し、音楽・映画・ファッションで若者文化が花開いた。音楽では、ビートルズの影響などからロックブームが起き、一方で反戦歌などからフォークが導入された。それらが日本的に融合して「グループサウンズ」などが誕生し、「受け取る音楽から自分たちが作る音楽へ」と変貌していった。

 ファッション界でも、雑誌やテレビのCM主導で「アイビー族」「アンノン族」が登場し、ミニスカート、ジーンズが一般的な普段着となり、既製服メーカー(アパレルメーカー)が送り出す安価でファッショナブルなアパレルを身に着けた、カジュアルで個性的な若者ファッションが街中にあふれた。

 さらに消費・レジャーの拡大で、旅行(ディスカバージャパン)、外食(ファミレス/回転寿司の登場)などで娯楽支出が増加、「モノの豊かさ」から「心の豊かさ」やライフスタイル重視へ移行が見え始めた。 

 このような「大衆社会」の進展にともなって、一方で、画一化・消費至上主義批判もなされるようになり、テレビによる意識の均質化、公害・過密問題、伝統の希薄化などがさけばれた。それらへのイラダチは、過激な「学生運動」にも反映され、一方では無関心・無気力な「しらけ世代」が現れた。

◎時代の変遷を示す流行語
*「重厚長大」から「軽薄短小」へ(花形産業)
*「モーレツからビューティフルへ」(1970年/富士ゼロックス)
*「大きいことはいいことだ」(1967年/森永製菓)
*「となりのクルマが小さく見えます」(1970年/日産サニー)
*「のんびり行こうよ おれたちは」(1971年/モービル石油)


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