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XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】04.戦後の娯楽としての映画ブーム

XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】04.戦後の娯楽としての映画ブーム


 敗戦後、庶民の楽しみとして映画ブームがおこった。1945年の敗戦後から1960年代初頭にかけて、当時の国民にとって映画は圧倒的な大衆娯楽の王様だった。

 主要な国内映画会社が、各社の特徴を打ち出し制作された映画は、各社の系列映画館を中心に、二本立て上映されるようになり、これが全国で定着した。焼け野原・食糧難・混乱の中での戦後の精神的空白を埋めるべく、映画は夢を与えてくれる数少ない娯楽だった。


 1950年代には、黒澤明『羅生門』、溝口健二『雨月物語』、衣笠貞之助『地獄門』が海外映画祭で受賞するなど、 日本映画が世界的に注目され、自信回復した各社は競って大作を作るようになった。


 国内各社からは、邦画史に残る名作が次々に生み出された。『東京物語』(1953/松竹)、『君の名は 』(1953/松竹)、『七人の侍』(1954/東宝)、『ゴジラ』(1954/東宝)、『宮本武蔵』 (1961/東映)、『忠臣蔵』(1958/大映)など、次々と大ヒット作品が上映された。


 一方、洋画では、『風と共に去りぬ』(Gone with the Wind, 1939/日本公開1947)、『ベン・ハー』(Ben-Hur, 1959)、『ローマの休日』(Roman Holiday, 1953)、『シェーン』(Shane,  1953)、『ジャイアンツ』(Giant, 1956)、『ティファニーで朝食を』(Breakfast at Tiffany’s1961)などなど、ハリウッド映画の名作が洋画館で上映され話題を呼んだ。

 しかし、1953年にテレビ放送が開始され、1959年皇太子御成婚、1964年東京オリンピックなどでテレビが急激に普及すると、映画館への客足は遠のき、1960年代半ばには映画観客数は激減、映画産業は斜陽化へ移行してしまった。



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