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XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】09.戦後昭和の音楽流行シーン(1)

XⅢ【記憶に残す昭和文化誌(戦後編)】09.戦後昭和の音楽流行シーン(1)


 戦後昭和の時期の流行歌は、その時代の空気を大きく反映している。大きく3つのフェーズに分けて、その時代の変遷を振り返ってみよう。

1. 終戦直後〜1950年代
 敗戦直後の焼け野原から立ち上がろうとしてる人々に、ラジオから明るく軽快なリズムが流れ、明日への希望を抱かせる曲が鳴り響いた。

・「リンゴの唄 」(1945年/並木路子)
 戦後ヒット曲の第1号で、「並木路子」の明るい歌声は、敗戦に打ちひしがれた人々を元気づけた。戦後映画の第1号『そよかぜ』(1945年)で歌われた。

・「東京ブギウギ」(1947年/笠置シづ子)
 「ブギの女王」と呼ばれた「笠置シヅ子」よって、爆発的なヒットをもたらされた。明るく歌って踊れる笠置シヅ子は、戦中は演技を制限されたが、終戦によって解き放たれた大スターであった。

・「青い山脈」(1949年/藤山一郎/奈良光枝)
 石坂洋次郎作の青春小説が原作で、1949(s24)年に原節子主演の映画「青い山脈(映画)」が製作され、同時に発表された同名の主題歌(西條八十作詞/服部良一作曲)とともに大ヒットとなった。新しい時代の幕開けを象徴する、軽快で爽やかな青春賛歌であった。

・「君の名は」(1953年/織井茂子)
 NHKのラジオ連続ドラマが社会現象になり、放送時間になると銭湯の女湯が空になるという伝説が生まれた。冒頭に「忘却とは忘れ去ることなり、忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」とのセリフが入り、このテーマ曲が流れる。

 1953年には松竹で、岸恵子と佐田啓二の共演で映画化されると大ヒット、「すれちがい」「真知子巻き」などの流行語を生んだ。脚本、小説、作詞のすべてを「菊田一夫」が手がけた。作曲は「古関裕而」で、放送版の歌は高柳二葉だが、映画とレコードは「織井茂子」によって吹き込まれた。

 ほかにも戦前から活躍していた歌手が多く、岡晴夫「憧れのハワイ航路」、近江俊郎「湯の町エレジー」、藤山一郎「長崎の鐘」、田端義夫「島育ち」、菅原都々子「月がとっても青いから」、菊池章子「星の流れに」などのヒット曲が生まれた。

・「三人娘」
 三人娘は、若い女性歌手の「美空ひばり」「江利チエミ」「雪村いづみ」の人(3人とも1937年生まれ)を指し、のちにこの3人にあやかって何組も登場したので「元祖三人娘」と呼ばれることがある。
 「元祖三人娘」は抜群の歌唱力と個性を持ち、1950年代の日本歌謡界・映画界で絶大な人気を誇って。1955年の映画「ジャンケン娘」などの共演作で一世を風靡し、現代のアイドルグループの先駆け的な存在となった。

「美空 ひばり」… 「悲しき口笛」「東京キッド」「リンゴ追分」
「江利 チエミ」… 「テネシー・ワルツ」「酒場にて」
「雪村 いづみ」… 「想いでのワルツ」「マンボ・イタリアノ」
https://www.youtube.com/watch?v=MCeevNO2DDQ&list=RDMCeevNO2DDQ&start_radio=1

2. 1960年代
 高度経済成長とテレビビジョンの普及で、テレビが茶の間の主役となり、洋楽の影響を受けた新しいスタイルの楽曲が登場した。テレビの浸透とともに、テレビ歌謡・青春歌謡が黄金期を迎えた。

・「上を向いて歩こう」(1961年/坂本九)
 「SUKIYAKI」としてアメリカでリリースされ、全米ビルボード1位を獲得し、世界に知れわたった。

・「恋のバカンス」(1963年/ザ・ピーナッツ)
 ジャズの4ビートを生かした、歌謡曲としてはかつてなかったほどのスウィング感に満ちあふれた楽曲。「バカンス (vacances)」というフランス語が、日本で流行語となった。

・「こんにちは赤ちゃん」(1963年/梓みちよ)
 高度成長期の家庭の幸せを象徴するような一曲。NHKテレビの人気番組『夢であいましょう』の今月の歌コーナーにて紹介され、梓みちよはこの曲で第5回日本レコード大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも初出場を果たす。


・「いつでも夢を」(1962年/吉永小百合 橋幸夫)
 橋幸夫と吉永小百合のデュエットで、第4回日本レコード大賞受賞曲。翌年に橋と吉永の主演によるドラマ映画『いつでも夢を』が公開され、ヒット曲からの映画化作品となった。

・「高校三年生」(1963/舟木一夫)
 舟木一夫のデビュー曲で、舟木の代表曲となった。「青春歌謡」ブームを牽引した橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の3人は、学園ものや叙情的な曲でアイドル的な人気を誇り、「青春歌謡  御三家」と呼ばれた。

・「君といつまでも(1965年/加山雄三)」「お嫁においで(1966年)」
 若大将シリーズは、加山雄三主演青春映画の大ヒットシリーズとなった。「若大将」は加山の愛称ともなり、上記の曲は加山主演青春映画の中で歌われた。

 60年代後半には、ベンチャーズやビートルズの来日があり、エレキギターブームやロックバンドブームが起った。それらの影響下で、素人グループが雨後の筍のように登場して、ジャズ喫茶・ゴーゴー喫茶などを中心に活動した。これらは「グループ・サウンズ(GS)」と呼ばれ、やがてTVやレコードなどの商業ベースに取り込まれていった。

 1967(s42)年から1969(s44)年)にかけての最盛期には、300を超えるグループがあったといわれる。ブームは短期に収束したが、解散後のメンバーたちは様々な音楽場面で活躍し、以降の音楽シーンに大きな影響を及ぼしている。

・タイガース(沢田研二)
・スパイダース(堺正章、井上順、かまやつひろし)
・テンプターズ(萩原健一)
・ワイルド・ワンズ(加山雄三のサポートも)
・ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

代表的な曲
「君だけに愛を」(ザ・タイガース)

「バン・バン・バン」(ザ・スパイダース)

「想い出の渚」(ザ・ワイルド・ワンズ)

「エメラルドの伝説」(ザ・テンプターズ)

「ブルー・シャトウ 」(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)

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